石が好き

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石が好き

「なに、界人」 「雅希がほかに好きなものは?こととか」 「うーん・・・洗濯物を畳むこととか勉強とか。あとは石」 「いし?」 「うん。石自体も好きだけど、石を使ってアクセサリー作ることも好き」 「あぁ、そっちの“いし”な」 「何の“いし”と思ったの」 「いやぁ、よく分かんなかったから・・」と言いながら、ごまかすように照れ笑いをしている界人に、私は「界人がくれた石、今でも持ってるよ」と言うと、界人の動きがピタッと止まった。 そして目線は私に釘づけだ。 「・・・え。それってまさか、9年前に川原で見つけたあれか?」 「うん。あれがきっかけで、私は石に興味を持ち始めて好きになったんだ」 界人が引っ越すことになって、私たちは否応なく別れることが決まった、今から9年前のある日、界人は忍と私を川原に誘った。 川原は三人でよく遊んだ、思い出の場所の一つだ。 そこで私たちは他愛のないことをしゃべったり、いつものように石探しをして遊んでいるうち、家に帰る時間になった。 そのときはそれで終わり。いつものとおり、三人で楽しく過ごした。 いつもと違ったのは、川原で三人で過ごしたのは、それが最後になったことだ。 界人はその翌日に引っ越した。 『げんきでな、界人くん』 『うん。忍くんにはこれをあげる』 『“銀警”のぬりえブックじゃん!いいんか?』 『もちろんだよ。“銀警”は、ボクらがともだちになったきっかけをくれたからね』 『そうだったなぁ。ありがとな、界人くん。だいじにする。からの、これはおれから』 『あ・・・』 『かんがえることいっしょだな』 『う、ん・・。ありがと、う。しのぶくん、ありがと・・・。えっと、まーちゃんにはこれ、あげる』 当時6歳だった界人が泣きながらポケットから出して私にくれたのは、小さな石だった。 ラッピングもされてない、(川原の)どこにでもあるような、ただの青白くて小さな石が一つだけ。 でも、その小さな石を界人から手から私の手に渡されたとき、とても温かかったことを今でも覚えている。 ポケットの中で暖められたせいではなく、界人の温もりを感じたのだ。 『・・・キレイ』 『きにいった?』 『うん。ありがとう、界人くん。これ、わたしのたからものにする・・・』 当時6歳だった私が言ったとおり、今でもその小さな石は、私の宝物兼お守りとして、自分の部屋に飾り置いている。 そしてそのとき私は、界人に銀警柄のハンカチを1枚あげたんだっけ。 涙を拭くためだったり、いじめっ子たちに受けた怪我の手当に使うため、界人にハンカチは必需品だったから・・・。 「そういえばあのときも界人は言ってたね」 「え?」 「“また会おう”・・じゃなかった、“また会いたい”・・・でもないよね」 「“またまーちゃんに会うために、ボクはまた戻ってくるからね。絶対に”」 「あ。そうだった」 だから昨日、界人が「また雅希に会いたかった」って言ってくれたとき、ビックリしたのと、ちょっと懐かしくて何かを思い出したような気がしたのか。 「もしかして雅希さ、あのとき俺が言った“約束”まで忘れてんじゃね?」 「う~ん・・・9年前のことだし。そういう界人だって毎日覚えてたわけじゃないでしょ」 「まあそりゃあ“一日たりとも忘れたことはない”とは言わねえよ?けど・・・」 「え。何、界人。“けど”の後がよく聞こえなかったからもう一回言って」 「あ、いや、そのぉ・・別に今じゃなくていいっ!なんか、いつの間にか俺たち注目の的になってるし!」 そう界人に言われて、私は気がついた。 きよみ女史、忍、そして真珠の三人が、界人と私の会話を興味深々な表情で、聞き耳を立てて聞いてたことに。 まぁ、確かにちょっとは恥ずかしい・・・かな。 9年前の、もうすぐ小学1年生になる「子ども」が言ったこととはいえ、あのときは6歳の子どもなりに真剣だったと思うから。 「“的”も良い響きですが、“標的”も悪くない響きだと思いませんか?魁界人氏。それとも“拷問”のほうが良いですか?」 「だからそれ以上俺をイジらないでよ、きよみ女史!」 「いやあ、意外とイジり甲斐の器があるんじゃね?界人って」 「なんだよ“器”って!」 「ちょっとぉみんな~。もうそろそろお昼休みが終わるよ~」 「あ。私お弁当食べなきゃ」 ・・・そうだ。あのとき界人はこう言った。 「まーちゃんを迎えに行く」って。 『ぜったいこっちにもどってきて、それからボクは、まーちゃんをむかえにいく。そして、おおきくなったらけっこんしよう。やくそくだよ』 そうだ。界人は9年前、私に「プロポーズ」した・・・。 「雅希、さっきから様子がおかしくね?なんか、いつもと違う感じがする」 「そう?私は元々こういう感じだけど。9年会ってない間に忘れたんじゃない?私のこと」 「忘れてない」と即答した界人が私の腕をそっと掴んだことで、“なんとなく自然に”、真珠と忍が私たちより少し先に行く形になった。 「俺、雅希と離れてた間も、おまえのことを忘れたことは一日たりともないよ」 「そう」 先に視線を外したのは、私だった。 なんだか・・・恥ずかしくて。 9年前とは違う、今の状況が。 6歳の幼馴染だった「界人くん」が、15歳の「界人」になってることが。 そして6歳の「男の子」が、背が高くてガタイ良くてカッコいい15歳の「モテ要素満載のイケメン男子」に変わったことが。 「どうした?雅希」 「だって・・・・・だから、そういう目で私を見ないで」  「え。それどういう・・」「神谷さーん!」 「あ・・・」 「あいつ誰」 「綿貫さん」 私たちの教室前にいた綿貫さんは、廊下にいた私を発見すると、私のほうへ駆け寄ってきたのと同時に、私も綿貫さんのほうへ歩いていたので、私たちはすぐ、廊下で鉢合わせた。 「こんにちは」 「久しぶり。元気にしてた?」 「はい。今日は何か」 「あ、そうだった。時間がないから手早く済ませよう。“神谷さんが喜びそうな石が入荷した”って。以上、母さんからの伝言」 「あ、そうですか。分かりました。どうもありがとうございます」 「今日の放課後見に行く?」 「今日は予定あるので、明日以降でいいですか」 「うん、大丈夫だよ。母さんに聞いてみて、明日また連絡しに来る」 「いつもすみません」 「全然構わないよ。これは俺の仕事の一つだから。じゃあまた明日。神谷くんにもよろしく!」 「はい」 「廊下は走るな」のルールに従って、早歩きの速度で教室に戻る綿貫さんの後ろ姿が見えなくなるまで、私はその場で見送った。 「何」 「仲良いんだな、あいつと」 「そう?別に普通じゃない?‘綿貫さんとは知り合って間もない・・わけでもないか。もう4・5年のつき合いになるけど、あの人いつも親切だよ」 「へえ~」 「それから、綿貫さんは2年生の特進クラスに在籍してる、きよみ女史と同じクラス。私たちより年上で先輩だからね」 「ふ~ん。俺が知りたいのは、そういうことだけじゃねえよ」 「じゃあ何が知りたいの」 「雅希は綿貫“センパイ”とつき合ってんのか」 「界人が言う“つき合ってる”の定義が分かんない」 「はぐらかすな。俺には真珠ちゃんとの仲を詰問したくせに」 「・・・そういう風に見えたの、界人には」 「え!いや、どうかなぁ、う~ん。って、分かんねえから聞いてんだろ?」 「あ、そう。彼は綿貫雄馬(わたぬきゆうま)さん」 「父親は政治家の綿貫孝宏氏。今度の都知事選に出馬するんじゃね?ってウワサだ」 いつの間にか隣にいた忍も参加してきた。 「私は綿貫さんのお母さん――礼子さんって言うんだけど――からいつも石を買ってるの。で、石が入荷したとき、綿貫さんが私に伝えに来てくれる」 「なんで」 「礼子さんは私のスマホの番号知らないし、私も礼子さんの番号知らないの。だから礼子さんはいつも、綿貫さんを通して私にコンタクトを取ってくるんだ」 「へえ」 「礼子さんの方針なんじゃない?私は綿貫さんにも自分の番号教えてないし、私も綿貫さんの番号知らないし」 「それで原始的でリアルな伝達手段を取っている、というわけなんだね」 ここで真珠も話に加わった。 「うん。たぶん私がまだ高校生の未成年だってことと、実の息子と同じ学園に通ってるからじゃないかな。そのあたりは私もよく分かんないけど、礼子さんは私の父さんと面識あるし、綿貫家は神谷家とも間接的に交流があるから、分かんなくても別にいいの。それに礼子さんは昔、宝石店を経営していて、宝石鑑定士の資格だけじゃなくて、良い品質を見極める確かな眼を持ってるんだ。宝石に関する知識も豊富でね、私に石の選びかたや石を使ったアクセサリーの作りかたを教えてくれたのも礼子さんなんだよ」 「へえ・・雅希はホントに石が好きなんだな。石のこと話してるときは目が輝いてるし、いつもよりめっちゃしゃべってる」 「うん。つい、ね。で、なんで界人はまだ私の隣にいるの」 「え?だって俺の席ここだし!」 界人が指したのは、私の斜め後ろの席だった。 「あ・・・そうだったね」 「で、まーの隣は俺の席よっ!」 「苗字同じだもんね」 「それでも俺らが隣同士になる確率って、そう高くないんじゃね?」と忍に言われた私は、自分の周囲を見渡した。 忍の隣は私で、私の後ろは真珠、そして忍の後ろ――だから私の斜め後ろ――は、界人の席。 今は出席番号順に座っている結果がこれだ。 でも、いくら特進クラスのほうが普通クラスより生徒数が少なくても、仲良くしている友だち四人(忍は身内でもある)全員が横に並ぶ席になったことは、奇跡に等しい確率だと言えるだろう。 私は口元に笑みを浮かべながら「うん・・そうだね」と言った。
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