夏の音を聴かせて

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「もう……昔のことです。それに、私、画家のなりそこないなんですよ。どうしても、画家になりたくて、結婚願望の強かった来斗に別れを告げたんです……大学卒業後、二年間フリーの画家として、海外を拠点に、あらゆるコンテストに出したり、売り込みしたり、路上で絵を描いてポストカードを販売したりしてたんですけど、結局鳴かず飛ばずで、三年前、諦めて日本に帰ってきたんです」 「もしかして……来斗君が、ずっと大事にしてる葉書、南さんが?」 「え?葉書ですか?」 和穂は、立ち上がると、来斗のデスクの一番下の引き出しをそっと開けた。そして、写真立てに裏板を外し、写真を取り出すと、私に手渡した。 「あ……」 五年前、来斗に別れを告げ、海外に渡った私が、一度だけ、来斗に宛てて出した葉書だ。 表には、来斗と初めて出会った、青い海が、葉書の中に、小さく鮮やかに切り取られている。 「南さんなのね。その葉書、梓ちゃんと結婚するまで、ずっと、写真立てに入れて、デスクに飾っていたのよ」 目に涙の膜が張る。気を緩めたら溢してしまいそうだ。 「来斗が、ずっと……これを」
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