1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

 照明の落ち着いた喫茶店の席で、野川(のがわ)将大(まさひろ)は緊張の面持ちをたたえていた。先方との約束の時間は正午。スマホの画面で時刻を確認すると、十一時五十九分と表示された。 (まだかな……)  そわそわと相手を待つ。膝の上に置いた手からは冷や汗が滲んでいた。  そのとき、スマホのデジタル時計が十二時の表示に変わり、同時に喫茶店の扉が開く音がした。カランカラン、と乾いた鐘の音が響く。反射的に振り返ると、入口のところに背の高い背広の男が立っていた。  野川は約束相手の顔を知らない。それでも、あの男が当該の人物だと即座に分かった。それほどまでに男の人相は堅気離れしていた。瞳が暗く、濃い隈のせいで顔色がとてつもなく悪い。野川が呆然と見つめていると、男もこちらに目をやった。しかし急ぐでもなく、静かな足取りで歩いてくる。 「野川将大様でございますか」  低いが、確信を持って野川を特定した声だった。落ち着いているというよりは、不吉な宣告と表現したほうが適切のような気がした。野川が頷くと、男は「失礼いたします」と断りを入れて、正面の席に腰かけた。 「この度はご依頼いただき、誠にありがとうございます。天玄院(てんげんいん)恭親(やすちか)と申します」  名乗って、名刺を野川へ差し出す。野川は慌てて受け取った。『祓い屋』と記された肩書きが目に入ったのと同時に、ウェイターがやって来た。 「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか」 「あ、じゃあ……コーヒーで」  ちら、と天玄院をうかがうと、「自分は結構」と言うように首を振りかけていた。しかし一瞬動きを止めて、眉をひそめると、「私も同じものを」とウェイターに注文した。不自然な間だった。 「あの、代金は俺が持ちますんで」  ウェイターが去ったあとに野川が言うと、天玄院は首を振った。 「いえ、自分のぶんの支払いはいたします。……それより、ご依頼のほうを」 「あ、ああ、そうですよね」  野川は姿勢を正した。しかし、話しだそうとするとどこから話していいのか分からなかった。自分でも荒唐無稽な出来事だと思っていたので、筋道の整理がついていなかった。すると、口ごもっている野川を助けて、天玄院が口を開いた。 「最近、不運が続いているというお話でしたが」 「そ、そうなんです。それで、怪我もよくするようになったし、あんまり寝れてなくて……」  野川はウェイターが置いていった水を一口飲んだ。それで少し落ち着いて、最初から話していくことにした。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!