1.疑い

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 ソファに寝ころんだまま、弘毅さんがテーブルを蹴った。  缶が倒れて転がる。  幸い、今日は中身がほとんどなかった。  いつもの私なら口を噤んだろう。  私が我慢することでやり過ごせるなら、それでいいと。  けれど、今日は引き下がれない。  また、こんなことがあってはならない。  次も、幸大のおもらし程度で済むとは限らない。  怖い。  本当は、俯いて、弘毅さんが寝室にでもどこにでも行ってしまうのを待ちたい。  でも、今日の幸大の寂しさや恐怖を思うと、引き下がるわけにはいかない。  母親でしょ!  自分を奮い立たせる。 「もっと幸大のことを考えてよ」 「ズボン買って穿き替えたろ」 「汚れたズボンとパンツは?」  リュックには入っていなかった。 「捨てた」 「どうして」 「臭せーし。つーか、新しいの買ったんだから――」 「――大きいし、ハーフパンツだし、靴下はないし! 幸大が――」 「――っるせーな! そもそもトイレもひとりで行けないとか、お前の躾がなってないからだろ!!」 「ちゃんと行けます! でも、ポップコーン持ってるし、パパを待ってなきゃいけないのに、六歳児がどうしたらいいかの判断なんてできるはずないでしょ!? そもそも、どうして映画が終わる時に合わせていてあげないの? 幸大がパパを探しに行ったらどうするつもりだったの? 迷子になったら――」 「――だから待ってろって言った! 実際、ちゃんと待ってたろ」 「おもらしして泣きながらね! 幸大がどれだけ心細かったと――」
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