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2.確信
幸大が映画館でおもらしした日から、弘毅さんは私とは口をきかなくなった。
初めてのことではない。
そういう時、私は敢えていつも通りに接する。
挨拶もするし、ご飯も作る。
挨拶を無視され、財布からお金を抜かれ、ご飯を食べてもらえなくても。
だって、私がそれをやめてしまえば、きっともっと不機嫌になるし、なにより幸大が異変を察してしまう。
だから、私は毎朝挨拶をし、持って行かれないお弁当を作る。それを自分のお昼ご飯にして、また食べられない夜ご飯を作る。
財布には、五千円以上は入れておかないようにした。時には小銭だけ。すると、弘毅さんは口を開く。「金」とだけ。
私は昼ご飯代として千円を渡す。
渡さないと、幸大の前で怒鳴るから。
渡しても、少ないと舌打ちされるけれど。
幸大に不安を与えたくなくて、私はバカみたいに笑う。
息子の前では、不自然なほど笑顔でいる。
それしか、出来なかった。
幸大は映画館でのことがあってから、トイレに行く回数が増えた。
小学校入学を控えてお漏らしをしてしまったことが、子供ながらにショックだったらしい。当然だ。
私は息子が気持ちを落ち着けるように、トイレのことには一切触れない。
そんな生活が一週間続き、弘毅さんは週末も仕事に出ていた。
本当かはわからない。
そして、月曜日。
私は荷物を受け取った。
「ホントにペンにしか見えない......」
箱から取り出した少し重い、万年筆のような太目で黒光りしたボールペンを手に取る。
ノック式ではなくて、キャップタイプ。
キャップを開けると、普通にペン先があり、ちゃんと文字も書ける。色は黒。
説明書に従ってクリップを押しながら回すと頭のキャップが取れた。microUSBの先端が現れる。
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