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スマホのロックが解除できたのは、十日後だった。
いまだ、弘毅さんは私を無視し続けている。
パスコードのヒントは、ボイスレコーダーにあった。
『毎日会ってて、大丈夫なのぉ?』
耳を塞ぎたくなるような情事の音声に耐え、やっと終わった後の女の声。
一週間の録音で分かったのは、弘毅さんは会社ではアカデミー賞ものの演技力を発揮していること。
いや、ああして使い分けていること自体が無意識ならば、演技とも言えないのかもしれない。
とにかく、上司に可愛がられ、部下に頼られる、やり手の課長。
が、職場を離れると一変。
家では独裁者、愛人の前ではただのケダモノ。
『バレて修羅場とか、巻き込まないでよね』
ふぅーっと、タバコの煙を吐く音。
夫の浮気相手の名前はリナといい、恐らく二十代後半。会話の中に、『奥さん、私とたいして変わらない年なんでしょう?』『二つ、三つ? あいつの年なんか忘れたけど。だって、信じらんねぇくらい老けてんぞ? 俺より年上に見えるくらい』と嘲笑う声があったから。
それを聞いた後、私は洗面所の鏡に映る自分の姿を見て、涙を堪えた。
もう半年以上切っていない髪は重く、脇の下まで伸びてしまった。邪魔だから、いつもうなじの少し上で束ねている。
薄化粧と言えば聞こえはいいが、幼稚園バスの送迎とスーパーくらいしか行かない私は、ファンデーションを軽く叩いて眉を整えるくらいしかしない。
そのファンデーションも眉ペンも、スーパーで売っている安物。
口紅なんて、もうどれほど長いこと使っていないか。
弘毅さんのお給料は十分だ。
彼が手取りの二割を小遣いとして要求し、それでも足りなくてクレジットカードを使わなければ、十分暮らしていける。
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