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「母さんが寝込んでるらしいから、手伝いに来いって」
三週間ぶりに『金』以外に発した言葉。
食事はまだ、しない。
寝室に呼ばれたと思ったら、ネクタイを結びながら視線も合わせずに言われた。
「病気?」
「風邪ひいてたとこに、ぎっくり腰にもなったらしい」
「そう......。幸大が幼稚園に行ってる間なら――」
「――金払えば預けておけるんだろ?」
「そうだけど......」
幸大は延長保育を嫌がる。
年少の頃に一度やったら、延長の時間中大泣きだった。
年中の頃にも一度やった時は泣かなかったけれど、その後しばらく『もう延長はヤだ』と言われ続けた。
「お前がいない時にトイレとか行きたくなったら困るだろ。父さんが帰るまではいてもらわなきゃ意味ない」
頼みではない、指示。命令。
私に拒否権なんてない。
今までも、風邪を引いたからご飯を作りに来いとか、腰が痛いから買い物に行って来いとか、腕が痛いから病院に連れて行けとか、あった。
そのたびに、なんとか幸大の幼稚園が終わるまではと頑張って、どうしようもない時は弟を頼った。
私のもう一つの、たった一人の、家族。
輝、今日来れるかな......。
私の返事を待つことなく、弘毅さんは仕事に出た。
私はすぐに輝に電話をかけた。
まだ寝ていたのだろう。
掠れた声で「姉ちゃん?」と呼ばれて、どこかホッとした。
事情を話すと、輝は快くOKしてくれた。
私は幸大にも事情を話し、幸大も快く頷いてくれた。
幸大は輝に懐いている。
弘毅さんより、よほど一緒に遊んでくれるから。
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