3.接触

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3.接触

 昨日の輝の電話は、二人を意外な場所で見かけたからだった。  張り込んでいた高級マンション。  思わずシャッターを切ったという一枚の父子の写真は仲睦まじい様子ではない。  ピザの袋を片手に歩く父親の後を小走りで追いかける息子の表情は、今にも泣きそう。  買ってきたと言ったピザはこのマンションに届けられたものだった。 「リナって女が住んでるんだと思う」  冷静にそう言った私に、輝は目を細めた。 「浮気か?」  頷く。 「幸大を連れて?」  そんなこと、わからない。 「なんで女の名前を知ってる?」  私は映画館でのことを話した。 「だからあいつ、よくトイレに行ってたのか」 「うん......」 「で?」 「......うん」  私はスリープモードのパソコンを起こし、保存してあるボイスレコーダーの証拠の部分を再生した。  輝はじっと聞いていた。瞬きすらあまりしない。  私は目を閉じ、耐えていた。  弘毅さんとリナの会話。  私を嘲笑い、抱き合うふたりの声。  涙なんか出ない。  やせ我慢じゃない。  本当に、そうなのだ。  もう、心が疲れ切っていて、夫の浮気なんてどうでも良くなってしまったのだろう。  そんなことよりも、幸大のことを思うと涙腺が決壊する。  映画館で、知らない家で、ひとりぼっちでどれほど心細かったか。 「幸大はこの女の家でどうしてたんだ?」  ひとつのファイルを聞き終わり、輝が聞いた。  私はすぐには言えなかった。  口に出したくもない。  だが、ここまで輝に話したのだから、隠すのは不自然だ。 「姉ちゃん」 「......テレビを見てた、って」 「それだけ?」 「それだけ。お菓子を食べながら、テレビを見てたんだって。パパは別の部屋でお仕事をしなきゃいけないって言われて、その通りにしてたみたい」 「お仕事......ね」  涙が、視界を揺らす。  キスマークがつくような『お仕事』のために、息子は利用された。  悔しくて仕方がない。
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