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「子犬の鳴き声が聞こえたんだって」
「......くそっ」
幸大が、子犬見たさにドアを開けなかったことが唯一の救いだ。
開けていたら、と思うと吐きそうだ。
「くそ」
輝がもう一度言った。
私はぬるくなったコーヒーを飲む。
「なんでそんなに冷静なんだよ」
「もう......疲れちゃって」
本心だ。
以前は優しかった。
だから、惹かれた。
いつから、と聞かれれば、やはり幸大を妊娠してからと言うしかないだろう。
それでも、喜んでくれた。
子供を望んだのは私だけじゃない。
二人が望んで、二人で作った。
子供のためにと、マンションを買った。車もファミリーカーを買おうと話していた。
車......か。
きっかけは車だったかもしれない。
弘毅さんが好きなメーカーに行き、二児の父だという営業マンから勧められるままに人気のモデルを見ていた。そのうち、弘毅さんは不機嫌になって、試乗も断って帰ることになった。
『あの営業マン、俺そっちのけでお前にばっか話してたよな』
そう言われた時は、まさかヤキモチでも焼いたのかと思ったが、全然違った。
『お前に決定権なんかないんだからな!』
あの時はよく意味がわからなかった。
が、出産が近づくにつれて弘毅さんは私の言動にいちいち過剰反応するようになり、その度に言った。
『何様のつもりだ』『誰の稼いだ金で生きてる』『お前も子供も俺のお陰で生活できているんだからな』と。
感謝してほしい、らしい。
だから、しつこいほど感謝を言葉にした。そうしたら、当然だと鼻で笑われた。
もう、よくわからない。
愛し、愛されて結婚したはずなのに、私はきっと、世界で一番、夫のことがわからない。
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