1.疑い

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 今度はパタパタと子供部屋に向かう。  子供部屋といっても、実際は私と子供の部屋だ。  敷かれた二枚の布団のちょうど真ん中に座っている息子が、頬を涙で濡らしている。 「おはよう、幸大」  大きな幸福に包まれて育ちますようにと名付けたのは、夫だった。  だが、もうどのくらい、彼は息子の名を呼んでいないだろう。  布団の上に座ると、幸大が這って私の膝に座った。  胸に顔をぐりぐりと押し付けて、涙を拭う。 「おはよう」  私はもう一度言った。 「おはよ......」  小さな声が返ってくる。  息子を両腕で抱きしめると、小さな手で私の脇腹の辺りをぎゅっと握り返した。 「もう、泣かないの」 「だって、パパが......」 「え?」  ハッとして、部屋の隅の三段ボックスの上を見る。  私のトートバッグのファスナーが開いている。  まさかっ!  幸大を肩に担ぐように抱き上げてバッグの中を覗くと、いつも真横にして入れている長財布が縦に入っている。  見なくてもわかるのに、やはり確認してしまう。  札入れは空っぽだった。  昨日銀行からおろしてきた三万円が、ない。  また......。  ファスナーが開いたままの財布をバッグに戻し、その場にへたり込む。  どうして......。 「ままぁ?」  幸大がずるずると肩から落ちてきて、また私の膝に座った。  息子に顔を見られたくなくて、ぎゅっと抱きしめた。  息子もそれに応える。 「大丈夫」  私は呟いた。  息子のおでこにぽたりとひと雫おち、それを誤魔化すように、私はキスを落とす。 「大丈夫」  私は、誰かに言ってほしくて、だけど誰にも言ってもらえない言葉を、繰り返した。
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