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最近はまったく使っていなかった、ホスト時代に買ったスクエアタイプの腕時計に視線を落とした。
ひとつでいいから本物を身につけろと言われて買った五十万の良さが、俺にはよくわからない。
金に困ったら売ればいいと取っておいたが、再び身に着けることになるとは思わなかった。
ちなみに、買った直後に製造終了となったらしいこの時計、今では倍以上の値が付いているという。
とにかく、古城里菜のような派手な男好きが食いつきそうだと踏んでいる。
姉ちゃんに見せた時は、「大事にしなさい」と言われただけだった。
離婚して姉ちゃんが金に困るようなことがあったら、これを渡そう。
そんなことを考えているうちに、いい時間になった。
スマホを見ると、もうひとりのターゲットが真っ直ぐこっちに向かっていた。
俺は、コートの襟を広げて、スーツが見えるようにした。
そして、すぐ目の前で背を向けて立っている古城里菜に近づく。
「おねぇさん」
二歳しか違わないのだが、自分が実年齢より若く見えるとわかって、そう言った。
里菜が振り向く。
俺は、にっこりと笑う。
「ひとり? ――なわけないか」
「......どうして?」
男に声をかけられて喜んでいるのを隠すように、わずかに口角を上げただけの落ち着き払った笑みで聞く。
だが、待ち合わせだと即答しないのが、俺に興味を持った証拠だ。
「美人がこんなとこに突っ立ってるの、変でしょ」
「そう?」
「うん。ザンネン。店、来ない? って声をかけようと思ったんだけど」
俺はジャケットの内ポケットから名刺を取り出し、彼女のジャケットの胸ポケットに挿し込んだ。
そして、ずいっと顔を寄せる。
彼女の瞳に、俺の瞳が見えるほど。
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