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指をクイッと曲げながらそう言って、くるりと身体を反転させる。
そして、素早くワイヤレスイヤホンを耳に入れた。
『ね! 今の誰? 弘毅の弟!?』
さすがにこの近さだと感度がいい。里菜の声がはっきりと聞こえる。
『違う。嫁の弟』
『マジで!? 目、青かったよ?』
『血は繋がってない。嫁は弟とは似つかない地味女だ』
反射的にギリッと奥歯を噛む。
『つーか、行こうぜ。見られたらマズいから、先に行け。俺はしばらく離れて歩くから』
『はぁ? ビビッてんの?』
『うるせーよ。ほら、行け』
『こんなことならあの子と行けば良かった』
『お前――』
『――あ~あ。お腹空いたぁ』
女の子を物色する振りをして視線を向けると、もう里菜の姿は見えない。弘毅が不自然なほどゆっくりと遠ざかって行く。
『ったく、メンドくせぇな』
最後に聞こえたのは、弘毅の吐き捨てるような言葉。
ガサガサガサッと雑音しか聞こえなくなって、俺はイヤホンを外した。
ボールペン型のボイスレコーダーに細工をして発信器を仕込んだのだが、リアルタイムで盗聴できるのはせいぜい五十メートル。
今日のところはこれでいい。
里菜の俺への興味が確認できたから。
二人の会話はすべて、録音されている。
姉ちゃんが定期的に弘毅のメッセージアプリの履歴のコピーも取っている。
証拠は十分だが、どれも表立っては出せない。
それに、俺は証拠を突き付けて離婚を迫るだけでは足りない。
姉ちゃんを侮辱した。
あんな下品な女より、姉ちゃんの方がずっといい女なのに。
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