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遼平さんは一気にグラスを空にして、それも突っ返してきた。
「テル、邪魔。外でこいつの声聞きながら、準備しとけ」
俺はじりじりと後退り、ドアを閉めた。
『邪魔よ、輝。外に出てて』
もう何十年も前の記憶だというのに、鮮明に耳元で再生される。
落ち着け。
あの女はもういない――!
「あんっ」
咄嗟に耳を塞ぐ。
壁に行き当たり、そのままずるずるとしゃがみこむ。
手で耳を塞ぐだけじゃ足りない気がして、膝を立てて頭を抱えるようにして小さく蹲る。
こんな時は、姉ちゃんを思い出す。
姉ちゃんのぬくもりを。
『輝ちゃん、寒くないよ』
あの頃はまだ姉ちゃんより小さな身体だった俺は、彼女に抱きしめられるとすっぽりとそのぬくもりに包まれた。
『お姉ちゃんが守ってあげるね』
姉ちゃんにとっては、俺を安心させるために言っただけで大した意味などなかっただろう。当然だ。姉ちゃん自身もまだ子供だった。
それでも、俺は救われた。
姉ちゃん……。
今度は俺が姉ちゃんを救う番だ。
そう意気込んで、一人でやるつもりだった。
遼平さんに助けられた今、いかに無謀で稚拙な考えだったか思い知る。
俺じゃ、里菜の部屋までだって来られなかったろう。
しっかりしろ!
里菜に飲ませた薬は効果が表れるのも早いが、効果が切れるのも早いと見た。
ただ、どの薬でも言われるように、個人差がある。
素早く動かなければならない。
俺はゆっくりと立ち上がると、耳から手を離した。
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