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香坂さんは八十代夫婦のお得意様で、飼い犬のミニチュアシュナウザーのトリミングと買い物に行くための運転を頼まれる。
犬のレオンをバッグに入れるのが嫌だと言って、タクシーは使わない。
この事務所を立ち上げて最初のお客様で、最低でも月に一度。多い時は三度も依頼をくれる上に、無駄に拘束時間が長いからと、俺に昼飯までご馳走してくれる。
じーちゃんばーちゃんを知らない俺だけど、こんな感じかななんて思って、できる限りのことをしているつもりだ。
二人も、飼い犬と似た名前の俺を孫のようだと言って可愛がってくれている。
翌朝九時。
俺は赤い軽自動車で香坂さん宅に行き、二人と一匹を後部座席に乗せて走り出す。
ずっと抱えている暗くて重い感情が、少しだけ晴れた気がした。
「これ、いただきものなんだけどね? 良かったら食べて?」
帰り際、おばあちゃんが玄関にある割と大きな段ボール箱を指さして言った。
「ひと箱開けてみたんだけどね? 二人で食べるにはもう十分なの。クッキーとかチョコレート、嫌い?」
「好きです。でも、こんなにたくさん……」
段ボールを開けると、贈答用に箱に入ったクッキーやチョコレートがぎっしり詰まっている。
「所長さんや、お姉さんと食べて?」
買い物に付き合っているとわかる。
香坂さん夫婦は洋菓子より和菓子が好き。それも、おじいちゃんが糖尿病を患っているから、たくさんは食べられない。
「ありがとうございます!」
俺は遠慮なく段ボール箱を持ち上げた。
帰りに姉ちゃん家に寄る時間はあるだろうか。
姉ちゃんも幸大も、きっと喜ぶ。
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