5.堕とす

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 俺は面接の時、とにかく稼ぎたい、と言った。  店長は姉ちゃんを見て、俺がどうして稼ぎたいのかを察したのだろう。  あの日を境に、店内で少し浮いていた俺に、他のキャストが優しくなった。  特に、遼平さん。  下っ端の俺とは全く関わらなかったのに、指導係を買って出てくれた。 「遼平さんの姉ちゃんってどうしてるんですか?」 「もう……いないよ」 「え――?」  ノックもなしにドアが開く。 「輝、遼平来たぞ」  開店三十分前。  俺はジャケットを羽織って襟を正し、ロッカーの扉を閉めた。  遼平さんは店長と話をして、一番奥のVIPスペースを確保した。  俺は現役時代のように店内のチェックを済ませると、他のキャストと一緒に並んで開店を迎えた。  里菜は今日も来るだろうか。  俺の心配は、あっさり解消された。 「輝!」  里菜は一番乗りで飛び込んできた。 「お久しぶりです」 「ホントよ! いつ来てもいないんだもん」 「すみません」  俺はさり気に彼女の背に手を当てて、席に促す。 「遼平は?」 「いますよ。でも――」 「――里菜」  一番奥のVIPスペースから、遼平さんが声をかけた。 「遼平!」  ようやく会えた遼平さんに、駆け寄る里菜。  だが、特別な空間へと足を踏み入れようとした彼女の行く手を、店長が阻む。 「いらっしゃいませ、お嬢様。申し訳ございませんが、この先は――」 「――ブラックを入れるわ」  里菜が言っているのは、アル〇ン・ド・ブリニャックのブラック、ブラン・ド・ノワールのことだろう。  アルマ〇ドはいくつかの種類があり、ブラックは最高級品。  扱い方を間違えると大損失に繋がるため、在庫を抱えている店はそう多くない。  しかも、一度開けてしまったら、一口しか飲まなくても一本分の料金が発生する。
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