1.疑い

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***** 「黙って財布からお金持ってくの、やめて」  心臓が大太鼓みたいな張りのある低音で鳴っていて、自分の声がよく聞こえない。  怖い。  でも、今後も続くのでは、家計は破綻する。 「はぁ?」  弘毅さんはビールの缶を持っている手を、ダンッとダイニングテーブルに振り下ろした。  二本目を開けたばかりでまだ中身が多く、叩きつけられた拍子に飛び出して弘毅さんの手を汚した。  私はすぐさま、手拭きを彼に差し出す。  彼は今朝のハンカチ同様、勢いよく奪い取り、手を拭いた。 「証拠でもあるのか」 「え?」 「俺が盗んだって証拠だよ!」  証拠も何も、この家には私と弘毅さんしかいない。  昨日はスーパーで卵だけを買い、帰りに銀行に寄った。  そして、今朝には消えていた。 「勘違いじゃないのか」 「それは――」 「――使ったのを忘れてるだけじゃないのか!」  声が大きくなり、私は肩を竦めた。  目を伏せ、首を振る。  負けちゃだめだ。 「そもそも、俺が稼いだ金だろう」 「でも――」 「――無駄遣いしやがって!」 「確かに昨日、おろしてきたの。その後は出かけてないし――」 「――だから俺が泥棒だって? お前、ふざけるなよ!」  怖い。 「大きい声、出さないで。幸大が――」 「――お前が俺を怒らせるからだろう!」  怖い。  弘毅さんの怒鳴り声を聞いていると、どうしたって思い出してしまう。 『ったく! 使えねぇ』  身が竦む。  唇が震える。 「たかが三万でケチケチしやがって! 俺が稼いでるんだ。文句があるならお前が稼いで来い!」  弘毅さんがビールの缶を手で払った。  思わず肩を竦めて目を閉じる。
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