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「黙って財布からお金持ってくの、やめて」
心臓が大太鼓みたいな張りのある低音で鳴っていて、自分の声がよく聞こえない。
怖い。
でも、今後も続くのでは、家計は破綻する。
「はぁ?」
弘毅さんはビールの缶を持っている手を、ダンッとダイニングテーブルに振り下ろした。
二本目を開けたばかりでまだ中身が多く、叩きつけられた拍子に飛び出して弘毅さんの手を汚した。
私はすぐさま、手拭きを彼に差し出す。
彼は今朝のハンカチ同様、勢いよく奪い取り、手を拭いた。
「証拠でもあるのか」
「え?」
「俺が盗んだって証拠だよ!」
証拠も何も、この家には私と弘毅さんしかいない。
昨日はスーパーで卵だけを買い、帰りに銀行に寄った。
そして、今朝には消えていた。
「勘違いじゃないのか」
「それは――」
「――使ったのを忘れてるだけじゃないのか!」
声が大きくなり、私は肩を竦めた。
目を伏せ、首を振る。
負けちゃだめだ。
「そもそも、俺が稼いだ金だろう」
「でも――」
「――無駄遣いしやがって!」
「確かに昨日、おろしてきたの。その後は出かけてないし――」
「――だから俺が泥棒だって? お前、ふざけるなよ!」
怖い。
「大きい声、出さないで。幸大が――」
「――お前が俺を怒らせるからだろう!」
怖い。
弘毅さんの怒鳴り声を聞いていると、どうしたって思い出してしまう。
『ったく! 使えねぇ』
身が竦む。
唇が震える。
「たかが三万でケチケチしやがって! 俺が稼いでるんだ。文句があるならお前が稼いで来い!」
弘毅さんがビールの缶を手で払った。
思わず肩を竦めて目を閉じる。
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