5.堕とす

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「知ってどうするんですか?」  俺は硬直(フリーズ)している新人に、冷えた水のグラスを差し出した。  新人がペコッと頭を下げて受け取り、飲み干す。 「今のエースがどんな姫でも、明日には里菜さんが成り代わってるかもしれないのに?」  にっこりと笑ってみせる。  現役時代には苦戦したこの笑顔、皮肉にも辞めた後には自然に作れるようになった。  けれど、その笑顔はすぐに引っ込め、遼平さん仕込みのニヒルな笑みに変える。 「里菜さんは姫っていうより、女王かな?」  新人の表情が凍り付いたのがわかった。  だが、対照的に、遼平さんがふっと笑う。 「女王でジョーカー。最強だね」 「言ってくれるじゃない。ね! ブラックもう一本ないの?」 「そんなにねーよ」と遼平さんが言い捨てる。 「じゃ、ブラック並みのシャンパン、持って来て。ドンペリとか」  結局、里菜は三百万近くを落とした。  酔ってふらつく里菜をタクシーに押し込み、マンションまでやって来た。  遼平さんに肩を抱かれて支えられていたはずの里菜は、玄関に入るなり遼平さんにキスをした。  彼女の腰に腕を絡めながら、俺に向かってしっしっと手を振る。  俺はスタスタとリビングに向かった。  玄関からはガタゴトと物音がしたが、無視した。  以前来た時に仕込み、とうに充電が切れているボイスレコーダーを回収した。  スマホは電源に繋がっており、今も撮影中だ。  寝室の盗聴器も交換したいが、二人が廊下にいる。  俺は、自分のスマホで室内を撮影した。  何か、里菜を陥れるための材料がないか。  廊下では二人の話し声。 「飲み物、もらっていー?」  返事がないとわかっていながら、聞いた。  キッチンに移動し、冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターを取り出す。
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