5.堕とす

14/15
前へ
/166ページ
次へ
 遼平さんが、タオルで髪を拭っている。 「どうした?」  いつもの飄々とした彼ではなく、優し気な表情に、胸が痛む。  姉ちゃんもよく、こんな表情で俺を見ていた。心配していた。  こんな俺のことを思いやってくれる人に、穢い真似をさせてしまった。 「ごめんなさい……」  一度そう口にしてしまったら、止められない。 「ごめんなさい」  俺は、今度は地べたに丸まった。  冷たいフローリングにおでこをくっつけて。 「ごめんなさい」  他に言葉が見つからない。  姉ちゃんを助けたい。守りたい。  でも、だからと言って、遼平さんを穢していい理由にはならない。  自分の浅はかさに、涙が溢れる。 「どうしたんだよ」  遼平さんが、俺の頭のすぐ前にしゃがんだのがわかった。  甘ったるい香りは、きっと里菜愛用のボディーソープだろう。  いつもの遼平さんらしからぬ香りに、吐きそうだ。 「あんな女とヤらせて、ごめんなさい」 「そんなことか」 「そんなことじゃない!」  顔を上げると、彼は目を細めて笑った。 「相手が誰だって、タダでヤレるんだから役得だけど?」 「そんなわけ――」 「――いーんだよ! 俺が手伝うって言ったんだ。お前はねーちゃんのために、使えるモンは何でも使え」 「なんで……」  遼平さんの優しさが苦しい。 「いーんだよ」  彼はもう一度、言った。 「俺が本当に抱きたい女は、もういないんだから」  初めて見た。  遼平さんの下手な作り笑い。 「りょ――」 「――それより、お前はもう帰れ」 「え? でも――」 「――さすがに二度は怪しまれるだろ。俺は残る」
/166ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3753人が本棚に入れています
本棚に追加