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里菜はそう長く眠っていてくれないかもしれない。
だが、遼平さん一人を残して帰るのはさすがに気が引けた。
「輝。うまくいけば、里菜はお前のねーちゃんの旦那を切るだろう。そしたら、後はねーちゃんが頑張らなきゃいけない。浮気の証拠を突き付けて、離婚だ」
そうだ。
愛人に捨てられた惨めな弘毅に追い打ちをかける。
「俺はそこまでは助けてやれない。お前がそばにいてやらなきゃ」
遼平さんが俺の頭にポンッと手をのせた。
「俺が遅刻したら、権藤さん家の犬の散歩、よろしくな」
「えっ!? 無理ですよ! あの犬、めっちゃ吠えるんですよ!?」
権藤さんとはブルドックを飼っているお年寄りで、日頃の散歩は短いながらも自分で連れて行くのだが、二週に一度は長距離を歩かせてやりたいと、遼平さんに依頼がある。
俺を見ると吠えながら圧し掛かってくる『ハニーちゃん』はメスだ。
「興奮しすぎて吠えてるだけだ。お前、好かれてるんだよ」
遼平さんがケラケラと笑う。
「いや、嫌われてるんですよ。つーか、見下されてる?」
「はははっ! ま、頑張れ。ハニーちゃんの散歩で、今度のことはチャラだ」
ハニーちゃんは苦手だが、そんなことでチャラになるはずもない。
それでも、ここで俺がごねてもどうしようもない。
「わかりました。ビシッと言ってやりますよ」
俺は涙を拭って立ち上がる。
「女どころかメスに見下されるなんて、惨めです」
「その意気だ」
俺は里菜のマンションを出た。ひとりで。
里菜が早々に遼平さんを解放してくれたらと、微かな望みを捨てきれないまま。
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