1.疑い

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 ガンッと缶が壁にぶつかる音がした。それから、コポッと液体が流れ出る音。  目を開けても、夫の顔は見れない。  視界の端で、薄い茶色の液体がフローリングに水溜まりを作っているのが見えた。  ギッと椅子を引きずる音、ガタンッと椅子が倒れる音、そして、舌打ち。 「疲れて帰ってきて金の話とか、ふざけんなっ!」  唾がかかるほど間近で怒鳴られ、私はまたぎゅっと目を閉じた。  アルコール臭が鼻をつく。  何も言わない私に苛立ち、もう一度舌打ちをして、夫は出て行った。  リビングのドアがゴンッと鈍い音を立てて閉まる。その後に、寝室のドアが犠牲になる音。  私は心の中で祈った。  息子が目を覚ましませんように。  こんな惨状は見せられない。  私は椅子を起こし、テーブルの上に投げ捨てられている布巾でこぼれたビールを拭く。  三万って......言った――。  どうしてこんなことをするのだろう。  いくら考えてもわからない。  私の言ってること、そんなにおかしい......?  一般家庭の夫の小遣いの相場は、手取りの一割だそうだ。  以前、ワイドショーでも見たし、ネットでも見た。  だが、弘毅さんのお小遣いは手取りの二割程度で、その他にクレジットカ―ドも使われる。  それでも足りずに、出がけに催促される。  ずっと、言われるがまま渡してきた。  文句を言ったら、家出されてしまったから。  行き先は実家で、私は義両親に叱られた。 『夫を実家に帰すなんて、何様なの!』  だから、耐えた。  が、このままでは幸大のための貯金はおろか、マンションのローンや新しい車を買うための貯金もできない。  だから、催促されても『ない』と言った。  そうしたら、財布からお金が消えるようになった。    どこに隠したら見つからないかな......。  ビールを拭きながら、私はそんなことを考えていた。
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