6.絶望

6/15
前へ
/166ページ
次へ
「やっ――!」  咄嗟に手で払いのけようと身を捩ると、私の肘が彼の首の下に当たった。  彼の手が私の胸から離れ、その手が首元を押さえる。  私はベッドの上に座り、パジャマの襟をギュッと掴んだ。 「――ってぇ」  唸りながら顔を上げた夫に、ゾッとした。  怒っている。ひどく。  怖い。  そう思った瞬間、私はまたベッドに倒れ込んでいた。  頬が、首が、痛い。  殴られたのだと思った時には、夫が私のパジャマのズボンに手をかけていた。 「いやっ!」 「黙れ。幸大が起きるぞ」  ハッとした。  幸大(息子)にこんなところを見られるわけにはいかない。 「二人目が欲しいと言っていただろ」 「それはっ――」 「――望みをかなえてやるよ」  パジャマとショーツを一緒に引き下ろされる。 「やっ――!」  夫の手が全身を這う。  手だけじゃない。唇が、舌が、ねっとりと肌に触れる。  気持ち悪い。  少しも気持ち良くなんてない。  それなのに「抱かれたかったんだろう?」なんて言われて、悔しさに涙が溢れた。  それすらも「泣くほど悦いか?」と喜ばれてしまう。  どうしてこんなことになってしまったのだろう。  幸せになりたかった、家族が欲しかっただけなのに。 「て……る」  あらゆる痛みに耐えながら口をついたのは、弟の名前。  輝、助けて――!  叶わない願いに、涙が止まらない。  私はいつも、叶わない想いを抱えている。  どうしてだろう。  どうして、私の願いはひとつも叶わないのだろう。  ただ、穏やかに暮らしていたいだけなのに。  怯えない生活がしたいだけなのに。  どうして――!
/166ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3748人が本棚に入れています
本棚に追加