6.絶望

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 小さな男の子は、リビングの隅で膝を抱えて蹲り、手で耳を塞いで目を閉じていた。  明るい茶色の髪が窓から差し込む陽の光でキラキラ輝いて見えたのを、今も覚えている。  その子は、輝。  お父さんの、前の奥さんとの子供で、前の奥さんが死んでしまったからうちに来たのだった。  けれど、お父さんは輝を嫌った。  私には優しく笑ってくれるのに、輝にはそうしない。  代わりに、お母さんが世話をした。  男の子はあまり喋らなかった。  私たちの言葉の意味は分かるのに、彼自身は喋らない。  そして、いつも蹲っていた。  テレビも見ないし、歌も歌わない。ご飯もほんの少ししか食べない、五歳児。  輝とどう接していいかわからずにいる私に、お母さんは「無理に関わらなくていい」と言った。  けれど、私はその子が気になった。  とても、気になった。  だから、そばにいた。  ただ、そばにいた。  学校にいる時間以外、ずっと。  時々、話しかけた。  歌を歌った。  お菓子を半分あげた。  しばらくして、輝が私を呼んだ。 「お姉ちゃん」と。  嬉しかった。  弟ができて、嬉しかった。  ずっと一緒にいようと思った。  私が(この子)を守るんだと思った。  私が幸せにしてあげるんだ、と。  でもそれは、間違っていた。  私が、一緒にいたかった。  私が、輝に守られていた。  私が、輝に幸せにしてもらっていた。  両親が事故で亡くなり、私と輝は姉弟じゃないとわかり、私は輝を解放した。  輝には幸せになってほしかったから。  輝は寂しそうだったけれど、それが正しいことだと思った。  私の方がもっとずっと寂しかったから、家族を作った。  そして、優しかった弘毅さんは、私の記憶の中の父親そっくりに豹変してしまった。
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