6.絶望

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*****  輝には言えなかった。  輝の想いを無下にしたくなかった。輝を悲しませたくなかった。  何より、私自身が現実を直視したくなかった。  翌日、弘毅さんは八時になっても起きてこなくて、私は発熱した幸大を小児科に連れて行き、お昼過ぎに帰った時にはいなかった。 〈仕事が入った〉  メッセージを見た私は、嘘だ、と思った。  昨夜、夜中に届いたメッセージを思い出し、思わず寝室で弘毅さんのバッグを探す。  ない。  仕事に行くと言った以上、持って行って当然だ。 「ママ……」  幸大の声に、寝室を出た。  幸い、幸大はインフルエンザやアデノではなくて、風邪だった。  それでも、三十八度の熱に浮かされて、ずっとぐずぐずしていて。  こんな時に帰って来られたら、手間が増える。  私は弘毅さんに、風邪がうつると困るから実家に泊まってほしいとメッセージを送った。  二時間後、わかったとメッセージが返ってくる。  恐らく、女との時間が増えて大喜びだろう。  私はリンゴの皮をむきながら、輝に見せられた写真を思い出していた。  あのコンドームを使って、女が妊娠したら……。  穴を開けた時、女が妊娠してくれたら弘毅さんが離婚に応じてくれると思った。  そうしてほしくて、穴を開けた。  けれど、冷静になって怖くなる。  そんな風にデキた子供は、不幸だ――。  妊娠しても、中絶するかもしれない。  出産しても、愛されないかもしれない。  子供に罪はないのに――! 「ママ……」  我が子の声にハッとし、包丁を持つ手が跳ねた。 「――っつ」  親指の腹から血が滲む。
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