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それはそれとして、セーフワードを決めないプレイは大人として見過ごせるものじゃなかったので念のため聞いてみる。
「今までは誰とプレイをしてたわけ? 支援課じゃ絶対設定させられると思うけど」
「親ですね。父親がDomなんです」
「親、かあ」
八瀬はやけにはっきりと答えた。
彼の顔を見る限り、嘘ではないと思う。確かに家族だったらセーフワード云々をスキップしてしまう家庭もあるかもしれない。でも、親だったら尚更、子供が自分を守るための術としてセーフワードを決める習慣を覚えさせてほしかった。俺は見たこともない八瀬の親に心の中で文句を言う。
「あんまりこんなこと言いたくないけど、親であってもセーフワードはあった方がいいんじゃないか。親だってDomだし、違う人間なわけだし。八瀬がやめてほしいと思うことをちゃんとやめてくれるとは限らないでしょ」
「そう、ですね」
明るくはきはきと喋る八瀬が、今回は曖昧に頷いたので、俺は慌ててフォローした。
「……もちろん八瀬の親がそうだって言ってるわけじゃなくて」
「ふふ、分かってますよ。……でも、そうですよね、セーフワードは決めた方がいいに決まってますよね」
「うん。ていうか、親ともプレイできなくなったのか」
親より信頼されているのが俺なのだろうか。教師冥利には尽きるけど、以前から八瀬と深い関わりがあったわけではないのでやっぱり不思議だった。
八瀬は俺の疑問に合点がいったのか「ああ」と息を吐く。
「あのとき高宮先生がドロップから引き上げてくれたのも理由の一つだと思います。Sub dropは経験したことあったけど、ああやって知ってる人にケアしてもらったのは初めてだったので……」
「……そっか」
どう声をかければいいかわからなかったので、それだけを呟いた。「Sub dropを経験したことがある」。やっぱり、八瀬はSubとして辛い思いをしたことがあったんだろう。俺はSubではないからSub dropの辛さを知らないけど、八瀬の経験してきたんだろう辛さを思うと、Domとして落ち込んでしまう。
「それで、セーフワードですよね。普段から言う言葉じゃないほうがいいんでしたっけ」
八瀬が何でもないことのように話を戻すので、俺もそれに従って「……普段から言う言葉だと、セーフワードとして言ってるのか分からないからな」と補足する。
「でも言いやすい言葉が良い。停止って意味で赤を使うことが多いかな。レッドとか」
「じゃあそれでいいですよ」
「おい、適当に決めんな。……ちゃんと使いなさいよ」
「使うべきときには使いますよ、ちゃんと」
笑って言うので、本当なのか適当なのか分からない。口うるさく注意すべきか迷って、プレイの中で教えていけば良いか、と思い直した。セーフワードを言うことでさえDomへの反抗のように感じてしまうSubもいるらしいから、地道に教えていくしかないのかもしれない。
「じゃあ、決まりかな。罰だのお仕置きだのはなし、基本的には軽いコマンドを出してリワードをあげる。セーフワードはレッド。ダメだと思ったときはちゃんと使うように」
「授業のまとめみたいですね」
「一応教師だからな」
「知ってますよ、先生」
八瀬はにこにこして、一口紅茶を飲むと姿勢を正した。プレイを始めて良いということだろう。頷いて俺を見つめてくるけど、その顔が少し固い。
「じゃあ、お手柔らかに」
俺がふざけて言うと、八瀬はちょっと緊張した顔のまま笑った。
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