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八瀬を助けたいのは山々だ。俺自身がダイナミクス不調に悩まされているから、プレイなしで生活する苦しさを八瀬に味わわせたいとも思えない。あの一件がトラウマになっているなら尚更助けてやりたいと思う。だけど、だからプレイをしてくださいって話には簡単には頷けない。それは単に俺がプレイが苦手だからって話じゃない。俺と八瀬の関係性の問題だ。
疑われても堂々としていればいい。やましいことがないのであれば肩身を狭くして隠れる必要もない。そのこと自体は一理ある。しかし、どう考えたって教師と生徒であることは問題だとしか思えなかった。
「俺たちが健康のためにプレイをしてるってことを主張したとして、Neutralがどこまでそれを理解してくれるかは分からない。もちろんお前たちみたいに若い子は差別自体なくなってきたけどさ。四十より上のおっさんおばさんなんてまだまだ頭も固いし差別もあるから」
「それは、分かりますけど」
「そういう意味で、教師と生徒がプレイってなったらまずいでしょ。俺もまずいけど、八瀬もどう思われるか分かんない。内申とか不利になるかも」
もっと言うと、Dom側が教師なのが尚更良くないんだけど、それを言う必要はないので言わなかった。それは俺側の問題だ。
八瀬とプレイしたことが誰かに知られて、Domが無理やりSubにプレイさせたんだなんて言われたら、それが本当じゃなくても間違いなく俺の首は一発で飛ぶ。実際はSubに無理やりプレイなんてさせたら一瞬でSub dropに陥って警察沙汰になるので、プレイを隠すなんて無理に等しいんだけど、教頭なんかは絶対そういうDomとSubへの理解はない。後からプレイしたことが分かったって「Domが無理やりさせたんじゃないか」なんてことを言い出すのは目に見えている。
まあ結局、それは俺側の問題でしかないので八瀬には関係ない話だ。
八瀬は俺が曖昧に濁した「まずい」という言葉をどこまで理解したのか分からないが、「おれの内申については一旦置いておきますけど、高宮先生に迷惑をかけたいわけじゃないです」と申し訳なさそうに口にした。それは俺もちゃんと分かっている。
「ちゃんと分かってるよ、嫌な言い方して悪かった」
「……やっぱりプレイは無理ですよね」
先ほどまで明るかった八瀬の声は、暗く沈んでいた。
「無理って言われるかなって思ってはいたんです。高宮先生にパートナーがいないわけないだろうなとは思ってたし」
「……それはいないんだけど」
一応訂正すると八瀬は「そう、なんですか」と目をぱちくりとさせた。
「でもまあ、パートナーがいなくたって常識的に考えて、無理ですよね。先生の言うとおり問題にはなってしまうだろうし。……別の方法を考えます」
落胆しているとわかる声で続けてそう言うので、俺は八瀬に何と言えばいいのかわからなかった。
プレイをすることは、問題にはなるんだろう。でも、だからと言って悩んでいる生徒に解決策も与えないままの大人にはなりたくない。それに、八瀬がこれからDomを探してネットやマッチングアプリに手を出したらそれこそトラブルになりかねなかった。支援課に行くのならまだマシだが、支援課だって八瀬のトラウマを解決してはくれない。
Domだから、いや、Domの俺だから八瀬を助けられるのかもしれない。
そう思うと、八瀬を放っておくのは俺の目指す教師像に反する。
「八瀬、あのさ」
目を伏せて紅茶を飲んでいる八瀬が、落胆のためか小さく見えて、ようやく俺は決心がついた。
悩んでいる生徒の力になりたい。Domだって教師になっていい。そう思って俺は教師になったはずなんだ。
「色々言ったけど、そういうリスクをちゃんと考えてプレイをするんだったら問題ない。……正直俺はプレイ自体そこまで上手くやれる自信がないけどな」
八瀬が顔を上げた。瞳がこちらを見つめて来る。
「とりあえず、一回、してみる?」
プレイは苦手だ。そう思っているから、ちょっと声が震えていたかもしれなかった。
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