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ラバウルは今日も快晴だ。
どこまでも突き抜けるように広がる空は青々として、遠くに湧き上がる真っ白な入道雲は触れられそうな程くっきりとしており、自らのその形を誇示しているようだ。
正午を少し過ぎた頃の太陽は相変わらず天頂に近い場所でギラギラと灼熱の輝きを、大地に、海に、空に放っている。
本土の季節はすっかり初冬に入っている頃だが、ここは常夏の島ラバウルだ。
だから非番の今日はいつものように勝時と二人、木陰でその暑さから逃れるように午睡に励むのだ。
遠浅の浜辺へ着くとすっかり定位置となった椰子の木の下に、道すがら見つけた大きな芭蕉の葉を数枚重ねてゴロンとその上に横たわる。
直接寝転ぶと途端に汗が滲み出るような砂の上も、葉の上なら幾分か快適だ。
なお、大きな葉を拾って持ち歩く浩太に基地内の仲間たちが「浩坊、今度は何して遊ぶんだー?」などと呼びかけるのもお馴染みの光景だ。
「遊ぶんじゃないやいっ!」
いーっ、と威嚇し通り過ぎると、背後からは「お夕飯までには帰るのよー!」と何とも出来の悪い裏声と、カラカラと笑う声が追いかけてきた。
葉をバサバサと振りそれに答えると、隣で同じく芭蕉の葉を小脇に抱えて歩く勝時が苦笑している。
「……なんだよ勝っちゃん」
「んー?別に」
そっけない勝時の返答も、声と表情はいつも通り優しいから浩太は「ちぇ」と拗ねたフリをしながらも、その口元と目に緩やかな弧を描いたのだった。
横たわりながら道中での出来事を思い出した浩太が「ふふっ」とつい声を漏らすと、腕を頭の後ろで組み枕にしていた勝時が「どうした」と訊ねてくる。
「んーん。ひみつ」
なんだそれ、と言いながらも睡魔に誘われているのか勝時の声はどこかぼんやりしている。
その声に釣られたように浩太の瞼も重たくなり、抗えずに目を閉じると少し離れた波打ち際から聞こえる波の音が耳いっぱいに広がった。
時折吹く風が肌の上を撫でていき、鼻腔に新鮮な海の香りを運んでくる。
押し寄せる微睡の波は強くゆっくりと、しかし着実に浩太の頭の中に侵入してくる。
このまま意識を攫われたら深海にまで落ちていきそうだ。
つぷ、と粘性の液体の表面に指を突き立てた時のように、耐えきれなくなった意識が唐突にどぷんと沈んだ。
心地良い布団のような温かい微睡に全身を包まれて、うっとりと口元に小さな微笑みが浮かぶ。
ああ、ずっとここでこうしていたい……。
……頭の中で声がさざめく。
『……て…………』
なんだよ、なんて言ってるんだ?
『……どうして』
どうして?
『どうして……俺を置いて行くんだ』
真っ暗闇の中、ザア…ザア……と押しては返す波の音と誰かの声が響く。
置いて行くって、どこに。誰が。
まだ眠っていて良いのだと言うように、その声を聞かなくても良いのだと言うように、心地良い闇が浩太の意識にねっとりと絡みつく。
『なんでだよ……どうして、』
悲痛に満ちた声の主は切なくもどこか責めるように、そして堪えきれなかった苦しみと痛みが溢れて叫ぶように同じことを繰り返す。
『どうして俺を置いて行ったんだよッ!』
「浩太」
「っ!」
穏やかでありながら決して逃すまいと執着めいた見えない手に引き摺り込まれ沈んでいた意識に、不意に強くて優しい神様のような声が闇を切り裂くように差し込まれた。
無意識のうちにヒュッと強く息を吸い込んだことでバチッと目が開く。
「…かっ、ちゃん」
身体を起こしながら勝時の方を見ると、整った男らしい顔は僅かに眉根を寄せ心配そうな表情をしている。
「俺……」
何か夢を見ていた気がする。
「少しうなされていたようだったから起こした」
大丈夫か?
と訊ねる声音はどこまでも優しい色をしている。夢の中で聞いた声とは正反対だ。
「あれ……?」
「浩太?」
夢の中で聞いたのも、勝時の声ではなかったか?けれど、それはこんなに穏やかで優しい音をしていなかったような気がする。
「なんか、夢を見たんだけど……忘れちゃった」
覚えていないということは、多分忘れていて良いことなのだろう。でも、何を言われたのかは覚えていないけれど、その声がとても悲痛な色をしていたことは頭の片隅にこびりついて離れない。
「うなされてたから嫌な夢なのかもな。忘れたままの方が良い」
勝時は立ち上がり浩太へと手を伸ばす。
その手を取って立ち上がり、「うぅーん」と空に向かって伸びをした。
椰子の葉越しに見える快晴の空は、海を逆さまにしたように様々な青の階調が拡がっていて生命力に満ちて鮮やかだ。
木陰から出ると遮るものがなくなった太陽の光が容赦なく浩太の身体に降り注ぐ。
白い砂浜を照り返す陽光が砂の粒に反射したのか、一際眩くギラリと輝き浩太の目に飛び込んできた。
その刹那、頭の片隅に残り続けた悲痛な音が忘れるなよと言わんばかりに、本当に一瞬だけ誰かの必死な『置いて行くなッ!』という叫びを脳内に響き渡らせた。
「え……」
ポツリと零れた声を聞き漏らさずに後ろを歩いていた勝時から声がかかる。
「どうした?」
「ううん、なんでもない。行こ、勝っちゃん」
振り返り勝時の手を取り駆け出すと、「おわっ、こ…浩太!」と砂に足を取られて体勢を崩しつつ、勝時が浩太のものより大きな歩幅でついてくる。
……いつだって自分たちは一緒だ。だってペアなんだから。
置いて行ったりなんてしない。自分たちは同じ機体に乗っているのだから、万が一墜ちる時だって一緒に決まっている。
不意に心を横切った暗雲を消し去るように浩太は勝時の手を握る力を強くする。
置いて行かない。この手は決して、離さない。
頭上に広がる快晴の青は無言のまま、残酷な銀色の日差しを地上に降り注がせんと、彼方まで続く大空の道を太陽へと譲っている。
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