あなたと約束しましたが

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「…で、我が家の娘をどう思ったのか、君の飾らない気持ちを、四百文字で語りなさい」 「あなた、それは少しだけ固いわ。せめて文字制限を無くさないと、あの子の魅力は語り尽くせないと思うの」 はて、この人達は真面目な顔をして何を言い出したのだ?と、僕は我が家では見たこともない豪勢な菓子と、茶器が並ぶテーブルを前に首を傾げた。 「あの、僕は騎士団長から最相様のお嬢様を、最相様の仕事上発生する全ての危険から御守りする護衛役として、このお屋敷に派遣されて来たのですが…?」 「ああ、そんな設定…」 「あなたっ!」 夫人が、絹のレースに包まれた両の手で、慌てて髭を生やされている最小様の口を塞ぐ。 ふぐしっ、と変な音をさせて、最相様の首が後ろへ反った。 「設定…?」 「いいえ、リュディオンちゃんの言うとおりよ!この人の仕事は大変な危険を孕んでいるの、そう、とっても危険なの…その、そう!本人のみならず娘のリリエンナールにまでも危険が及ぶくらいに!ああ、母として超絶不安!!」 設定てなんの事?と、聞こうとした僕の目の前で、夫人が悲壮感満載の表情で額に手の甲を当て、ヨロヨロとしながら泣きそうな声を上げられた。 そうだろう、夫君だけではなく、愛娘までをも狙う悪漢に対し、彼女は妻として母として二重に心を砕いているのだ。 たとえ、白鷺騎士団第一部隊指揮官長付きの身でありながら「ちゃん」付けで名前を呼ばれようが、最相様から何かしら訳分からん眼圧をかけられようが、ここはやはり見た目ではなく、きちんと実力があることを全面に押し出すのがいいだろう。 うん、その方がご夫人も安心する筈だ。 「あ、はい!そこは全力で御守りいたします!この通り成りは小さいですが、第一騎士団の中では、剣術も体術も団長に継ぐ二位の実力派ですので!」 そう、僕は身長が騎士団の中で一番低い。 筋肉も…ちょっと足りてない。 つまり、良く言えば縦にも横にも伸び代しか無い身体付き。 悪く言えば…そうだな、今年で二十三歳になる僕に、伸び代は最早1ミリも無いだろうという点かな。 だが、そこは技術とスピードでカバーして、騎士団に入団を許可されてから早五年だ。 半年前からは、指揮官長見習いとして今の第一部隊指揮官長付きになり、精神的にも肉体的にも出る杭は打たれまくる現実を送りだした僕にとって、要人護衛の任務は澄んだオアシスに辿り着いた旅人のような気分だった。 だからといって、こんな歓待を受ける意味が分からない。 僕が乗って来た軍馬のメティコシーラも、お屋敷の馬屋番の方々に出迎えられ、何だか恭しく連れていかれたっけな。 言っておくけど、そいつ、性格悪いですよ。 「あの…」 「なぁに?リュディオンちゃん」 「大変光栄に思いますが、その…この状況にいささか戸惑いを覚えておりまして…」 「この状況?」 最相様と夫人が、全く分からないという表情で僕を見る。 いやいやいやいや!有りすぎるでしょ、わかって?! 団長から直々に申し使った、名誉ある要人の護衛任務。 王の懐刀と名高い現最相、エルドレッド公爵が御息女、リリエンナール嬢の護衛騎士として起用された名誉に浸りながら、この日のために新調した騎士服に腕を通し気合いたっぷりに到着した先で、なぜかお茶会に招待されながら、最相様直々に尋問を受けているかのような相反する現状。 …戸惑いしかない。 と、僕の背後から、石畳を歩くヒールの音が近付いてくるのに気付く。 「お父様、お母様…これは一体、なんの騒ぎですの?」 「あら、リリエンナールちゃん」 「早いじゃないかリリエンナール、伝えた開始時間まで…まだ一時間も前だ」 「リリエンナール嬢!?」 僕は慌てて椅子から立ち上がり、騎士団所属当日から叩き込まれた騎士の礼をとる。 目線は自身の爪先に落とし、右手を胸、左手にマントの端を摘まみながら腰の後ろへ回し、なおかつ片膝を付くという、アレです。 こっぱずかしいので、僕、いつもは片膝をつきません。 しかし、今日はやります! 御夫人や御令嬢方への初回挨拶は、今後の関係に響きますからね。 「初めまして、リリエンナール嬢。この度、リリエンナール嬢の護衛を務めることになりました、タルバサール・リュディオンでございます」 「…リリエンナールです、リュディオン様、どうぞ頭を上げてください」 甘やかな声に、僕は頭をゆっくりと上げ…そして、息を飲んだ。 時々、名前負けでは?と思う、貴族のお嬢様方を何人も見てきまし…げほげほ。 ですが、リリエンナール嬢は、まさしく月光鳥という名前を体現しているかのような、それはそれは美しい方でした。 腰下まで波打つように伸ばされた髪は、星に照らされた、少しだけ明るい夜空のような深い藍色をしている。 そこから覗く小さなお顔も、細い首も、なだらかな肩までもが、まるで降り積もった粉雪のように白い肌。 髪と同色の柳眉と、密に長く伸びる睫毛。 そんな睫毛に囲まれた瞳は、月と見まごう黄金色。 そして、なんだか幼い妹に付き出されたお菓子のように、甘いうっとりとするような香りがしてきます。 凄いな、妹に、顔面にメリ込むだろってくらいに押し付けられたお菓子には、迷惑だっていう気持ちしか浮かばなかったのに、リリエンナール嬢にいたっては、こちらから競ってまでも顔を埋めたくなるような香りに感じてしまう。 お顔の造作も、ご夫人によく似ておられて美人さんです。 なんて綺麗な女性なんでしょう、あれ?最相様のパーツと遺伝子は…どうやら、行方不明のようですね。 なによりです、と、思った途端、背中に物凄い圧を感じました。 最相様は、噂通り人の心が読めるようです。 気を付けよう。 「今後のこともありますので、色々とお話がございます。お父様とお母様は、引き続き二人きりでお茶を楽しんでください。さぁ行きましょう、リュディオン様」 「あ…は、はい!」 お言葉に甘え、地面から立ち上がった僕はリリエンナール嬢を見上げた。 うん、震えが走るね。 たっか!? え?え?リリエンナール嬢、身長何センチです?高いっすね。 百六十八センチの僕が見上げている、この首の角度、うん、間違いない。 騎士団食堂の料理長、アンゲラーおじさんと同じだ。 まぁ言うて、アンゲラーさんは上にも横にも大きいですがね。 「百八十八…」 僕の小さな呟きに、リリエンナール嬢の目元がピクリと動いた。 うん、扇子で顔の下を隠されていても分かりますよ。 当たりですね、身長当たりましたよね? う~ん、二十センチ差か…ちょっと、警護の作戦を練らなくてはなりませんね。 考えながら、僕はいまだに見つめてこられているリリエンナール嬢に、にっこり、と笑いかけます。 大丈夫です、全て僕にお任せください。不安にならないでくださいね、の意味を、その笑みにたっぷりと込めました。 「…っ!」 その途端、びくっ!と肩を震わせたリリエンナール嬢が、顔をブブン!と音が鳴るかと思う程に回してしまわれました。 そんなに、僕の笑みが怖かったのでしょうか? すみません、五年間、休むことなく動きの粗雑なマッスル怪人達に囲まれて、山賊退治とか曲者退治とか残党狩りとか…汗臭い事この上無い中で生きてきましたので、甘い香りがするようなレディの扱いは騎士知識で習った事しかないようです。 こんな事なら、騎士団一の遊びに…いやいや、華のあるスターク団員に、女性への接し方など教えを乞うてくれば良かった。 そんな事をツラツラと考えていると、突然、リリエンナール嬢がパチン!と音をたてて扇子をたたみ、キッと僕を睨み付けてきます。 まさか最相様同様、リリエンナール嬢も考えが読めるのですか? だとすれば、僕の脳内に自動投影されている、この胸の大きな半裸の女性陣は全て、スターク団員の彼女ですよ。 「…相変わらず、そのように軽々しく色々な女性に笑いかけておられるようですね!」 「は?」 「お父様が我が家の専属護衛騎士にと打診してから、随分と多くの御令嬢より抗議の声が上がってきたそうです。陛下が裁を下すのに時間がかかったと、父より聞いております」 「知りませんでした、初耳ですね」 「皆さん、リュディオン様に甘やかに微笑まれて、自分にこそ好意を持たれている筈だ、と仰られていたとか」 「甘やか?」 「今のような笑みです!あの時もそうでした、私に…両親の元に戻るその瞬間まで、私だけの騎士だと微笑まれながら仰ったのに、王都に着くなり私を他の騎士に預けて行ってしまわれました!!」 叫ぶように言った、リリエンナール嬢の瞳から、ポロポロと涙が零れて落ちました。 これには正直、雷に打たれたかと思う程の衝撃を受けましたよ。 この涙に比べたら、妹の涙なんて、ちょっとした静電気並みです。 「あ、あの、それは本当に僕でしたか?」 リリエンナール嬢に会っていたなら、忘れる訳がありません。 もはや、混乱し過ぎて、一人称が私ではなく僕になっておりましたが、騎士団内部ではないので懲罰無しです。 ふー…セーフ!セーフ!危ない、危ない。 しかし、リリエンナール嬢に対しての返事としては、しっかりとアウトだったようです。 彼女は藍色の髪を乱しながら、ブンブンと頭を振り、怒りに震える声で叫びました。 「まだ思い出せませんか?!リュディオン様に助けていただいた時、私はまだ、十一歳の小さな子供でした!あなたは、私を御自身のお姫様だと、微笑みながらその腕で優しく抱き締めてくださいましたわ!!あれも、あの日の約束も、全てその場凌ぎの嘘だったのですか!?」 あ、と僕は、間抜けにも口を開けてしまった。 覚えている、僕がまだ騎士団に入りたての頃、小さな女の子が誘拐された事件があった事を。 その子は貴族のお嬢様で、誘拐されてから助け出されるまで気丈にも泣かなかった。 しかし、どやどやと喧しく騒ぐ屈強な強面集団に囲まれて、彼女はとうとう泣き出した。 それでなくとも、三人の屈強な男達に追いかけられ、捕まえられ、袋を被せられた上に縛りつけられたのだ。 もはや、周りの筋骨粒々な無骨者達は、恐怖の対象にしかならないのだろう。 僕は泣き出した彼女に、故郷に残してきた、年の離れた妹の姿を重ねてしまいました。 妹が泣いた時、僕はいつもどうしていたっけ? ああ、そうだ…。 僕はゆっくりと彼女の前に進み出て、騎士の礼をして見せました。 「こんにちは、小さきレディ。僕は、騎士のタルバサール・リュディオンと申します」 「リュ…リュディオン…さま?」 「はい、あなたの騎士リュディオンです」 僕が言うと、びっくりしたように見開かれた瞳から涙が一粒、ほんのりと染まった頬を伝って零れていきました。 そう、妹が泣いた時には、まずはびっくりさせて注目を集め、笑って安心感を与えてやればいいのです。 「大丈夫ですよ、泣かないで小さきレディ」 僕は、その小さな手を引いて、羽のように軽い体を片腕に抱き上げた。 「あなたが、無事に御両親の元に戻るその瞬間まで、私リュディオンはあなたに騎士の誠であるこの剣を捧げましょう」 「騎士の剣を?」 「はい、片時も離れず御守りします。レディは今から、私の姫でございますから」 僕が笑いかけると、ようやく彼女も微笑んでくれました。 「私は、リュディオンさまの…お姫様になるのですか?」 「はい、騎士は姫のためなら何でも致します。ワルツを踊りますか?それとも剣の舞をお見せしましょうか?それとも、あちらの花畑で姫様のためだけに花冠をお作りしましょうか?不肖、このリュディオン、花冠を作らせたら国一番の腕前にございます」 「まぁ!では、花冠を作ってくださいまし。あと…」 もじもじと、小さな指を絡ませて彼女は呟きました。 「指輪も、作ってくださいますか?私が、素敵なレディになったら…本物を持って…また会いに来てくださる、という約束の代わりに…」 ああ、神様。 なんと初々しく、可愛らしいお願いでしょうか?! 花指輪を持ってまた会いに来て、だなんて。 僕が視線を感じて振り向くと、忙しく動いていたのが嘘だったように、団員さん達が皆さん立ち止まり、生温い目でこちらを見ていました。 不意に、スターク団員が糞真面目な顔付きのまま、僕に向けて親指を突き出しました。 意味が分からん。 「ダメ…でしたか?」 シオシオ…と、腕の中の彼女が急激に元気を無くしていきます。 慌てて、再び皆さん側に振り返ると、物凄い眼圧を放ってきました。 僕のせいですかね?理不尽だな。 「…駄目ではありませんよ」 「本当ですか?!」 「はい、姫の望みは、騎士の望みですから」 僕の言葉に、彼女がふわり、と笑いました。 まるで、花が綻ぶように可愛らしい微笑みで…。 「あの時の、小さきレディ?」 僕が呟くと、ぐぅ、とリリエンナール嬢が眉をしかめます。 「また貴方に会って、御礼を伝えたいと思っておりました。毎日毎日、あなたに見合う、素敵なレディになるためにレッスンも受けました。けれど、どんどん…どんどん…あなたは変わらず素敵なままですのに、私は小さきレディどころか、可愛げのない大きすぎるレディに…」 「凄いです!また、お会いしましたね!!ああ、小さきレディは、おかわりませんね!」 「え?きゃっ!」 僕はヒョイ、と、リリエンナール嬢を両腕で高い高いよろしく、抱き上げて笑って見せました。 確かに、昔のように片腕だけで…とは言えませんでしたが、それは歳に見合っているので可笑しくはないでしょう。 背はありませんが、腕力はありますからね。 ほら、20センチ差なんて気になりません。 「あなたは変わりませんよ、あの頃のように羽のごとく軽く、花のようにとても愛らしいレディです」 「リュ…リュディオン様!」 「そうでしたか、あなたがあの小さきレディでしたか!いやぁ、良かったです。あなたが無事にお戻りになったと上官からは聞かされていたのですが、この目で直に確かめられるとは…このリュディオン、嬉しくて嬉しくて踊り出したい気分でございます」 僕は本当に嬉しくて、リリエンナール嬢を頭上に抱き上げたまま、ぐるぐると回ってしまいました。 リリエンナール嬢は、ぎゅうっと僕の服を掴んでなすがままに回されています。 これが妹であれば、今頃、顎に膝頭が決まっているかもしれません。 ちなみに、我が家の家訓は一言。 強くあれ!!、です。 「あの日、最後まで着いていく心積もりでしたが、入団したての新人には任せて頂けませんでした。僕に代わり、リリエンナール嬢を屋敷まで送られたのは、我が騎士団の団長殿です」 「え?では、あの時…」 「はい、上官命令でリリエンナール嬢を手放しました。残党狩りもありましたし、新人としては実務優先ですので」 「リュディオン様の意思では…ない…」 「はい。しかも、リリエンナール嬢のお名前を聞いていませんでした…昔から粗忽者で、抜けているんです」 僕は回るのをやめて、リリエンナール嬢を地面にそっとおろしました。 「リリエンナール嬢?」 リリエンナール嬢は、ボンヤリと僕の顔を見下ろしていましたが、突然、発火したように顔が赤く染まりました。 回し過ぎたのでしょうか? 「そ、それでは、あの…あの時の約束は…まだ、有効…なのでしょう…か…」 「…?」 約束…ああ、貴女の騎士になります、というアレでしょうか? 期間限定ですが、もう専任の護衛騎士になっているはず…はっ!! もしかして、これがスターク団員のいう「女性は日常生活の何でもない事でも、言葉にして欲しがるものですよ」ってモノなのでしょうか!? でしたら、肯定して差し上げなくては、リリエンナール嬢を不安にさせてしまいます! 専任護衛騎士として、それは失格なのでは無いでしょうか。 「はい、有効ですよ」 「あ…」 「必ず、約束は守ります。騎士の誠である剣を、再びあなたに捧げましょう」 「…嬉しい」 ふわり、と、リリエンナール嬢が微笑みながら僕の胸に飛び込んできました。 いや、正確には僕がリリエンナール嬢の豊かな胸元に顔を埋めたようです。 20センチ差なので、抱き付かれたらなりますよ…不可抗力です。 「私、リュディオン様のために頑張って、必ず素敵なレディになってみせますわ!!」 何だか、気合いの入り方がおかしいですが、まぁ頑張る事は良いはず…です。 たぶん。
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