眠りに落ちない例えばあなたが

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眠りに落ちない例えばあなたが

同じ部屋で布団を並べる同居人の彼女はほとんどの夜を起きている。 眠り始めれば何十時間と目覚めずに過ごせる代わりに普通の睡眠が取れず、眠ろうとすれば何時間も何時間も時間を要するのだという。だから私が知る限り夜は布団に腰掛けて星見をしたり、一寸も琴線に触れないバラエティ番組を流し見たりしている。気を遣って静かに過ごしてくれているのだと思うが、焦燥にも似た表情を見上げるたびに僅かばかりの良心が痛んだ。 私と彼女は昼間を至って普通に、一般的に、変哲なく過ごしている。平均的な睡眠をこなした私はともかく、彼女も他人と同じように過ごしているようだ。とはいえ、人間であるからにはうつらうつらとした眠気が襲うこともあるらしく、他人に叱られては謝るのだそうだ。 そんな彼女が珍しく私が床に就くまえに布団に横たわっていた。干したばかりのふかふかな毛布を掛け、真面目そうに転がっている。 「めずらしいね」 何か大切な用でもあるの、干しそびれてよれた毛布を手繰り寄せながら声をかける。 「あるといえば、ある。ないといえばない」 目を閉じて彼女は独白した。 曰く、彼女は明日誕生日を迎えるのだと言う。知らなかった私はあわてて「おめでとう」と呟いた。 「気にしなくていい」 言ってくれる者もそういなかったし、眠って過ごすつもりをしていたのだ。この体質は精神に拠るものであるが、この体質で精神をさらに不健全にしてしまった。この先歳を重ねて生きてはゆけない。どこにも行けないし、どこにも戻れない。せめて生きていかれないことを忘れたくて眠ろうとしている。 思い詰めたかのような、それでいて静かな独白であった。 「おめでとうと言ってくれたけど、忘れて眠りなさい。わたしたちは互いに何も知らぬままでいい」 私はそれから数刻眠りに落ちることができなかった。彼女の静かな声が脳裏に貼り付いていて、浅い眠りに突き刺してきた。 眠りと覚醒を数回繰り返したとき、まだ眠れていなかった彼女がもう一度口を開いた。 「わたし、あなたに殺して欲しかったのかもしれないわね」 「眠りに落ちないあなたがこの首を絞めてくれるのを待っていたのかもしれない」
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