成人式の日

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 私、浅井香織(あさいかおり)は今日で二十歳の誕生日を迎えた。友人から『お誕生日おめでとう!今度飲みに行こうね』というメッセージが届く。  そう、私はもう大人になったのだ。  お酒も飲めるし、タバコも吸える。世間から認められた一人の大人になったのだ。  そんな大人になりたての私が、今一番楽しみにしている行事こそが成人式であった。  誕生日からちょうど一ヶ月後、私は成人式に行くのだ。最近は久しぶりに友人と会うといつもその話題で持ちきりになるし、来月のカレンダーを開くと、他の文字よりも大きく書いた「成人式」という言葉がはっきりと目に映る。  私はお祝いのメッセージをくれた人たちに返信をし始めた。  『ありがとう!!そういえば、成人式と同窓会行く?』  今思い出したことをアピールするかのように「そういえば」なんてフレーズを付け足して、私は返信をした。もちろん、この話を振ったのは中学時代の同級生だけだ。なんせ、高校は同窓会で集まろうという話さえ話題に上がらない。私にとって高校時代は楽しいものではなかった。気の合う友達もいなければ、部活や勉強に燃えることもない。もっと何かに夢中になっていれば、今の私は大学にでも行っていたのだろうか。  私以外の人たちはキラキラとした高校時代を送っていて、今も大学に行って勉強したり、専門学校で夢に向かって努力したり、やりたい事をやっている中、私はもう二年もスーパーでレジ打ちをするだけの毎日だ。    うぅ、高校時代を思い出すと頭が痛くなる。  私にとっては高校よりも中学の方がずっとずっと青春だったのだ。親友もいて、好きな人もいて。勉強も運動もそこそこ出来たし。  「楽しかったな〜…」  思わずそう呟た時、親友である緑川有彩(みどりかわありさ)から返信が来た。  『成人式も同窓会も行くってこの前話したよ!香織はよっぽど楽しみなんだね』  さすが親友だ。よくわかってる。私は、『まぁね』なんてつまらない返信をして、スマホを閉じた。  私の中学時代が青春だったことに、有彩の存在はすごく大きいし、授業を楽しいと思っていたことも見逃してはいけない点だと思う。ただ、私に忘れられない青春を与えてくれた一番の要因は、平田竜星(ひらたりゅうせい)の存在だった。  彼は私の初恋の人だった。  放課後の教室で毎日のように他愛のない会話をした事も、合唱祭の立ち位置が隣でいつもちょっかい掛け合ってたことも、いつの間にか一緒に学校に通うことになっていたことも、卒業式で「好きだ」と言ってくれたことも全部全部、私は忘れていない。  当時は携帯なんか持ってなくて、卒業と同時に引っ越してしまった彼とはもう連絡を取っていない。彼が新しい住所を教えてくれたのだけど、それは間違っていたらしく手紙を何度出しても私の元に返ってくる。「住所間違えてたよ」と伝える術さえないのだ。  私は、もう彼のことを忘れることにした。  それからの私は、彼のいない世界はとても平凡でつまらなくて、人生の意味ってなんだろう。なんて、考えても仕方ないことを思考することが増えるようになった。  しかしそんなある日、彼は大学進学をきっかけにまたこっちに戻ってきたらしい。というのを有彩が教えてくれた。どうやら有彩の高校時代の友人が大学で彼と同じ大学らしく、そんな話が回ってきたのだ。  どうやら話を聞いていると、私に成人式で会えることを楽しみにしているらしいのだ。もちろん、私だってすぐにその話を信じたわけではない。  私は何度も人違いだと疑ったが、有彩の友人から聞く少女の話は、私で間違いなかった。平田くんと三年間同じクラスだったのは私だけだったし、修学旅行を一緒に回ったのも、緊張する時髪をいじる癖があったのも、体育祭の時クラスで唯一はちまきを忘れて平田くんに借りたのも私だ。  そんな話まで有彩の友人にしたのかと恥ずかしかったが、同時にそんなことまで覚えてくれていたことがとても嬉しかった。  有彩の友人に見せてもらった平田くんのSNSも大人になったものの、雰囲気や笑顔は彼本人で間違いなかった。  私は彼に連絡を取ろうと思ったが、卒業式の日に、「ずっとずっと香織のことが好きだった。だけど、僕は転校しちゃって君のそばにはいられないから。成人式の日に、また告白する。その時、香織さえ良ければ付き合おう」と言われたことを思い出し、グッと堪えた。中学時代の戯言なんてもう忘れているとも思ったが、私は心のどこかで期待していた。  私は、誕生日を迎えた次の日から成人式に向けて色々と準備を始めた。  とは言っても、もう振袖は祖母の代から伝わっているものに決まっているし、前撮りも撮り終わった。  「あと一ヶ月で出来ることは…」  ネイルをして、美容院に行って、ダイエットすること位だろうか。いや、同窓会にも行くのだからドレスも用意しなければ。それに合わせるアクセサリーやバックも買って…  「あぁ、結構お金かかりそうだな…」  そんなネガティブな発言をしているにも関わらず、私の口角は上がっていた。私だけが期待していたらどうしようという不安を抑えるように、そのまま私は下唇を噛んで、美容院の予約をしようとスマホを開いた。
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