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二時になるとアラームが鳴り、私は目を覚ました。さっきよりも体が熱くて、重かった。
本当は一応メイクをしたり、髪を綺麗に結んで行こうと思っていたがそんな元気はなく、その辺にあった服を適当に着て、髪も手でなんとなく梳かしてそのまま家を出た。
よく考えれば、私の今日の運の悪さは確定していたのかもしれない。妹のピアノの発表会が被って両親が二人ともそっちに行ってしまったことも、天気予報でここ一週間は雨だって言っていたことも、三日前に定期を失くしたことも。あー、そういえばつけていくはずだったピアスも昨日壊れて別のにしようと思ってたんだっけ。
神様は私と平田くんを合わせないようにしてるのかな。
そんなわけない。運が悪いのは私だけだ。きっと、平田くんが私に会いたがってたなんて話もなんかの勘違いで、本当は私のことなんてとっくに忘れてるんだよ。
そんなことを考えていると、有彩から連絡が来た。私がスマホに目をやると、そこには『平田くん、成人式来てなかったよ』と私をさらに絶望へと突き落とす文章があった。
成人式なんて、最悪な日じゃん…
人生を生きていると色々な行事がある。入学式、卒業式、運動会、合唱祭、七五三、お正月、結婚式。でも、一生に一度しかなくて、自分の都合で変えられないものなんて多くはない。私は成人式という特別な日を自らの意思とは反して、過ごせなかった人間なのだ。
外に出ると、天気予報で言っていた通り雨が降っていた。傘からこぼれ落ちた雫が肩に触れて冷たい。
なんで空がこんなに泣いてるの?
泣きたいのは私の方だっていうのに。
よろけながらもなんとか病院に辿り着く。病院に入ろうとすると、看護師さんに「感染症の疑いがある方はこちらにお願いします」と声をかけられた。
看護師さんはそれが仕事だから何も悪くないのだが、成人式当日に感染症にかかったというその現実を他人に突きつけられたようで、余計に悲しくなった。
カーテンで隔離された場所へ向かうと小さな椅子が三つ置いてあり、その一番奥に一人座っていたので、私は一つ感覚を空けてゆっくりと椅子に座った。
その男性も、苦しそうに下を向いたまま呼吸していた。
あぁ、この人は今日が成人式じゃないんだろうな。私は肉体的に加えて、精神的にも辛いんだよ。
なんて、罪もないその人に心の中で八つ当たりをした。
すると、その人は私の視線に気づいたらしくゆっくりと顔をあげた。
「え…?」
私の口からは思わず声が出た。
その人は平田くんで間違いなかった。大人になっていても、顔が赤くなっていても、初恋の人を間違えるわけがない。
「香織…?」
その人から聞こえてきた声が、記憶よりも遥かに低かったことに私は少し驚いた。そっか、それだけ時が経ったって事だよね。でも、それでも、私を覚えていてくれた。
私はメイクもしてないし、服も髪もぐちゃぐちゃなままだったからすごく恥ずかしかった。本当は華やかな振袖や優雅なネイルを見てもらう予定だったんだもん。でも、平田くんなら私のありのままの姿を見られてもいいような気がした。
「久しぶり、平田くん」
私は、『そうだよ、香織だよ。』と彼の質問に答えるかのように彼の名前を呼び目を細めて無理やり笑顔を作った。多分今までで一番ひどい作り笑顔だったけど、それを見た平田くんが嬉しそうな表情をしたのを見て私の心は温かくなった。
病院の隔離部屋という、ロマンチックのかけらもない再会の仕方だったけど、私は今日が人生の中で特別な日になる事を確信していた。
平田くん、あなたがいればどんな日でも、どんなシチュエーションでも私にとっては特別になるみたい。それは、あの頃も今も変わってないよ。
その事をいつか伝えたいな。なんて思いながら口を開くと、私達は「ずっと会いたかった」という言葉を同時に声にしていた。
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