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電車を乗り継いで高校に通っている私より、小学生の弟の方がずっと家に帰ってくるのは早い。どちらも午前中までしか授業を受けていなかったとしても、だ。
「あああああ、ごめん香月!」
玄関に入るなり、私は弟に謝り倒すことになった。
朝忙しかったせいで、家の中をほとんどまともに片づけて行けなかったのである。倒れていた棚も、床に散らばっていた花瓶の破片も、散乱していたティッシュもほとんどが元通りになっていた。先に返った香月が既に綺麗にした後だったということらしい。
「俺の方が先に帰ってきたんだからいいんだってば」
弟は、相変わらず大きなガーゼが貼られた頬で笑う。なんとも痛々しい姿だ。今は、膝と肘にも絆創膏があるから尚更に。擦り傷とはいえ怪我人は怪我人だ、もう少し早く買い物を済ませればよかったと後悔する。
「それより、姉ちゃん掃除機かけてくれよ。買ってきた食材の準備とかは俺がするから。あと、テーブル拭いておいて」
「わかった」
役割分担が決まれば早い。手洗いうがいをすると、私はさっそく掃除機をかけ始めた。部屋が散らかるたびにお世話になる掃除機は、コードレスではないかなり古いタイプの機種である。本当はもっと新しいものが欲しいのだが、母には“高いから駄目”と怒られてそれっきりだった。掃除機を担当するのが自分ではないからってあんまりだ、といつも思う。自分が着る服に関しては、たっぷりお金をかけるくせに。
派手で金遣いが荒い母と、堅実で厳格な父。今思うと、この二人もよくぞ結婚したものだ。まったく性格も趣味も合っていない。できちゃった婚だったから仕方ないでしょ、と娘に普通に言うのもどうかと思う。まあ、そんな母の奔放ぶりにももう慣れてはしまったけれど。
両親が喧嘩をするようになったのは、いつのことだったか。
もっと仲良くしてほしいし、できれば笑顔が絶えない家族でありたい。今回の企画を決めるずっとずっと前から思っていたことだった。頼れる人がいなくて、二人ともきっと心に余裕がなかったのだろうけど。
――大丈夫、ずっと準備してきたんだもん。今日は絶対、うまくいく。
キッチンで弟が食材を冷蔵庫にしまっているのを見ながら。私は自分に言い聞かせるように、掃除機のスイッチを入れたのだった。
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