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きっと。
母は気づかなかったのだろう。私の言葉が実質、最後通牒であったことなど。
仲直りしてほしい。笑顔の家族でいてほしい。そんな気持ちで、私達が早退してまでパーティを準備したことを、母はまったく汲み取ってはくれなかった。お礼一つ言われないまま、父の帰りを待つ気もないまま。おなかがすいたから、とさっさと一人席についてご飯を食べ始めてしまった彼女。
彼女がテーブルにつっぶして眠り始めたのを見て、私はため息をついたのだった。
「やっぱ、駄目だったか。……人の気持ちって、簡単には取り戻せないものだよね。香月があんなに頑張ってくれたのにさ」
「いいよ、姉ちゃん。気にしないでよ」
香月は笑う。
「どうせ、こんなことだろうって俺は思ってたし」
彼の言葉に、私は拳を握りしめるしかない。
毒親だ、というのはずっと昔から思っていたことだ。小さなことでも理不尽なルールを押しつけて、私達がそれを守らかたりするとヒステリーのように怒る母。毎日のように行われる両親の罵詈雑言に満ちた喧嘩。そして、元ナンバーワンホステスだったことを鼻にかけて自慢ばかりして、自分の服や化粧にばかり手間暇をかける母と、そんな母に愛想をつかしてほったらかしの父。
それだけなら、まだ私も我慢しようと思えたかもしれない。
一番最悪なのは、そんな両親の喧嘩に――香月が巻き込まれるようになったことだった。しかも、彼は私が気づいてないうちに私のことを庇っていた。眠っている私を起こさないように黙って殴られたり、もっと酷いことをされたこともあったようだ。本人は“友達と喧嘩しただけ”なんて嘘をついていたが、とっくの昔にこっちにはバレているのである。
限界だ、と思った。
弟を犠牲にしてまで、守る価値のある家族ではけしてないと。だから。
「お母さん」
それぞれの友達の家から、少しずつかき集めた睡眠導入剤。それをたっぷり入れた料理を食べて眠ってしまった母を椅子から引きずりおろし、夫婦の寝室へと運ぶ。
もし、彼女がまだ家族の再生を望む心があったら。弟に感謝する気持ちを示していたら。眠らせるだけで、これ以上のことは何もしないつもりだったのに。
「さようなら」
ぐっすり眠っている彼女を、クッションの上から包丁で刺して殺害すると。そのまま私は、弟が待つキッチンへ向かう。
今日は、特別な日。
死によってはじめて、家族が家族を許し合えるようになる、特別な一日だ。
「無事終わったよ、香月。じゃあ、お父さんが帰って来るまで二人で待ってようか」
「うん。あ、俺と姉ちゃんの“普通のご飯”はこっちね」
「ありがとー」
父を殺した後、私達がどうするかは――またあとで、ゆっくり考えればそれでいい。
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