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社会人・年中行事編 10月・暗闇の温度
十月の前半に何日か雨が続いたと思ったら一気に寒くなって、朝夜のすごし方がよくわからない。とりあえず掛布団に毛布を追加したものの、まだ十月なのにこんなことでいいのだろうか。暖房をいれるのも、昨年手に入れた「着る毛布」を出すのも、この土地ではすこし早すぎるし、なんだか負けたような気がする──などと思っているうちに「明日は十二月の気温です」などというふざけた天気予報が出た。
さむいのは苦手だし、からだの上に重みがのる感じが好きだから、この季節、眠るときは布団と仲良くしたい。ところが左側がすうすうと肌寒くてまだ暗いのに目が覚める。ぼくは寝ぼけた頭で掛布団をひっぱる。
「さむい」
思った通り、まだ朝じゃない。スマホの時計は三時くらい。すぐ横に暖かい岩の壁がある。ぼくは寝返りをうち、冷えた自分の左半身をくっつける。布団の中に暖かい壁があるのはいいものだ。
「さむい?」
壁──いや、瀬川がいった。
「布団をとるなよ」
ぼくは目を閉じたままいった。胸のあたりが動いた。
「もっとくっつけばいいのに」
毛布の下で聞く瀬川の声はくぐもっている。
「くっついてる」
瀬川の体と布団がつくる暗闇にぼくは沈む。日付が変わったということは、今日は十月三十一日。今日は土曜日。明日から十一月。つまり今日は……。
「ハロウィン……」
深い意味もなくぼそぼそつぶやくと、顔をくっつけていた壁がいきなり動いた。
「きみ、ずっと起きてたのか」
「いや、さっき目を覚ましたんです。ねえ、これ見てください。母からこんなのが来てました」
頭の上から毛布が消える。顔のまえに突き出されたスマホの画面にオレンジ色のかぼちゃが映っている。メッセージアプリで送られた写真だ。ぎざぎざの歯に尖った目の凶悪な顔がくりぬかれている。
「すごいな、手作り?」
「くりぬくのが好きなんですかね。夏はスイカをくりぬいてました。なんでこんなの作るんだろう」
「お祭りの提灯みたいなもんだろう」
しゃべっていると目が覚めてきた。こんな時間なのに。
「いつの間に日本人はハロウィンを祝うようになったんだ」
「そんなに祝ってます?」
「いまどきの学生は仮装して遊ぶじゃないか。本来は子供の行事なのに」
「そういえば俺、昨日会社でかぼちゃクッキーもらいました」
「誰に?」
「よくお菓子をくれる先輩がいるんです」
「ふうん」
ぼくは瀬川のスマホをおしのけ、また毛布の中にもぐる。
「あ、せんせい、いま変なこと考えませんでした? 何もないですよ」
「変なことって何だよ」
掛布団の下で裸の足がぶつかる。ふたりとも上はTシャツで下はパンイチだから当然のなりゆきではある。太腿をさわさわ撫でる手を感じる。ああもう、三時間まえにあれこれやったばかりだぞ。
「瀬川君、仮装するとしたらなにがいい?」
ぼくは動いている手を無視してきいた。瀬川は即答した。
「ドラキュラかな」
「なんで?」
「そりゃ、今みたいな状況なら」
「どんな状況だ」
そういったとたん毛布がぼくの頭から剥ぎとられ、真上に重みが乗ってきた。
「うわっ」
「ふふふ観念しろ……がおー」
瀬川は僕の肩のあたりに顔をくっつけている。思わずぼくはいう。
「ドラキュラってそんなキャラだっけ?」
「ちがいましたっけ」
「きみは狼男とか熊男とかそのへんだろう」
「なんでもいいけど、お菓子をくれないと襲いますよ」
「狂暴だな。トリックオアトリートじゃないのか」
「狼男ですからね」
「さっきもしたのに」
「もう一回」
暗闇でぼくらはごそごそ足を絡める。ぼくの真上に乗っかった瀬川は布団よりもずっと暖かくて重い。
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