眠り姫

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 庭師を呼び、数十年来自然の力に任せ放題だった中庭の手入れをしてもらい、地面の敷石も新しいものに変えてもらった。厚い埃に埋もれ、古代遺跡のようになっていた玄関ホールもぴかぴかに磨いてもらい、角が欠けた大階段と列柱のひびもきれいに修復した。まったく使用したことのない一階の応接間の壁紙を張り替え、カーテンを買い替え、テーブルやソファなどの家具を新調した。  主人がこの屋敷の手入れをせず長年放っておいた理由が、ルネにはようやくわかった。一旦工事が入ると、とにかく騒音がひどいのだ。  昼間はヴァンピールにとっての就寝時間であり、大勢の職人が屋敷を出入りし、どかんどかんと大騒音を立てられてはとても眠れたものではない。さらに何か問題が起こったとき、呼び出されたとしてもヴァンピールは太陽の下に出ていけない。  ルネがこの屋敷で暮らしはじめて間もない頃、主人は屋敷の手入れもそっちのけで中庭に浴室を増設したことがある。だがいま思い返してみれば、あれはかなり無謀な試みだった。  職人らの手配はマリー=アンヌが代行してくれたようだが、工事がはじまっても屋敷の主人であるはずのオーギュストは、一度も工事現場に顔を出さなかった。何か用事があれば代わりに14歳の――しかもどう見てもこの屋敷の息子とは思えないみすぼらしい少年が応対していたので、業者にはかなり不審な顔をされたものだ。  今回の工事は、学校の冬休み期間、ルネが日中自宅にいる時間に行った。さすがにこの歳になれば、ルネが工事の依頼や支払いをしても業者は不審な顔をしなかった。  帰宅したルネは自分の部屋に鞄を置き、隣の主人の部屋を覗き込んだ。部屋の中は薄暗く、主人はソファにもたれかかり燭台の下で本を読んでいた。
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