眠り姫

10/30
前へ
/257ページ
次へ
 ふうん、とルネは相槌を打ち、黙りこくった。主人は本に視線を戻したが、その妙な沈黙に気づき、ふたたび顔を上げた。 「それがどうしたんだ」 「……一緒に行く?」  そう口にすると、主人は一瞬、不意をつかれたような顔をした。  これでも何気ないふうを装って尋ねたつもりだった。だが実際は、心臓がばくばくとやかましい音を立てていた。  主人はヴァンピールであることを周りの人々に気づかれぬよう、5年を目処に各地を移動し続けてきたという。  パリに腰を落ち着ける前はウィーンに5年、ミュンヘンに5年、ブリュッセルに5年ほどいたようだ。主人との会話の断片を繋ぎ合わせてルネはそう推測していたが、つぎに移動する場所については一度も話題に上ったことがない。  ――つぎの移動のとき、もしかして主人は自分をつもりなのではないだろうか。  それが気がかりで仕方ないのに、いざ聞こうとすると不安が先立ち、口にすることができないでいた。  孤児院から主人に連れ出され、この家にやって来たあの夜以来、主人に捨てられふたたびひとりになることを、自分は何よりも恐れている。 「一緒にって、どういうことだ」  主人は眉間に皺を寄せ、ルネに聞き返した。
/257ページ

最初のコメントを投稿しよう!

111人が本棚に入れています
本棚に追加