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ふうん、とルネは相槌を打ち、黙りこくった。主人は本に視線を戻したが、その妙な沈黙に気づき、ふたたび顔を上げた。
「それがどうしたんだ」
「……一緒に行く?」
そう口にすると、主人は一瞬、不意をつかれたような顔をした。
これでも何気ないふうを装って尋ねたつもりだった。だが実際は、心臓がばくばくとやかましい音を立てていた。
主人はヴァンピールであることを周りの人々に気づかれぬよう、5年を目処に各地を移動し続けてきたという。
パリに腰を落ち着ける前はウィーンに5年、ミュンヘンに5年、ブリュッセルに5年ほどいたようだ。主人との会話の断片を繋ぎ合わせてルネはそう推測していたが、つぎに移動する場所については一度も話題に上ったことがない。
――つぎの移動のとき、もしかして主人は自分をパリに置いていくつもりなのではないだろうか。
それが気がかりで仕方ないのに、いざ聞こうとすると不安が先立ち、口にすることができないでいた。
孤児院から主人に連れ出され、この家にやって来たあの夜以来、主人に捨てられふたたびひとりになることを、自分は何よりも恐れている。
「一緒にって、どういうことだ」
主人は眉間に皺を寄せ、ルネに聞き返した。
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