眠り姫

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 マリー=アンヌは、アンリから見れば祖父の伯父の妻だ。血の繋がりはない。アンリの祖父母は早くに逝去しており、現在のモンテスキュー一族ではマリー=アンヌが最長老だ。子どもがいないマリー=アンヌの面倒は、ずっとアンリの祖父や父が見てきたという。  アンリも小さい頃から、マリー=アンヌの屋敷にはよく出入りしていたようだ。ふたりで一緒に会いに行ったこともある。  ルネと同じように、アンリもマリー=アンヌをそのまま名前で呼んでいた。そうしてほしいとマリー=アンヌがアンリに頼んだそうだ。 「俺は……マリー=アンヌに会えない」  その名を口にするだけで、身体の芯が震えた。目を合わせずとも、アンリが刺すような視線で自分を見ているのがわかった。 「マリー=アンヌは、お前が来るのをずっと待っているぞ」  アンリは、ルネが屋敷の中に逃げ込むのを阻止するように、家の壁に片手をついた。 「会いたいけど……会いたくない」  ルネ、とアンリが自分の名を呼ぶ。その声に、苛立ちとため息が入り混じった。  向かい合うふたりのあいだに、日の落ちた秋風が通り抜けていく。 「いま会わないと、会えなくなるかもしれないんだぞ」  その非情な言葉に背筋が凍り、夜の帳が降りたように目の前がすっと陰った。
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