眠り姫

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「アンリには……俺の気持ちなんてわからない。親も兄弟もいて、パリ中が知り合いのあんたに、俺の気持ちなんて――!」 「わかるよ! 辛いのは自分だけだと思うなよ!」  聞き慣れない怒鳴り声に身が竦んだ。 「家族がいようと、知り合いが大勢いようと、俺にとってもマリー=アンヌは世界にひとりきりだ。誰も代わりにはならない!」  身動きも取れずにいると、アンリが強く腕を握る。  恐る恐る顔を上げると、暗く、光の映らない瞳がそこに見えた。 「会いに行こう。いまから俺が連れてくから、会ってやってくれ」 「……アンリ、俺は――」 (弱ったマリー=アンヌを見るのが怖いんだ)  ――その言葉が喉から上手く出てこない。  抱きしめるたび、どんどん小さくなるマリー=アンヌ。私が小さくなったんじゃない、あなたが大きくなったのよ、といつも気丈に笑っていた。  最後に会ったときも、マリー=アンヌは自分にこう約束した。  これからもずっと、あなたを見守っているからね。 「――だ、だって……もし、マリー=アンヌ……が」  どうにか声を振り絞ると、背筋に悪寒が駆け上った。吐きそうだ。  力強い掌が、震えるルネの背中をさする。 「わかってるよ、ルネ。俺だって会うのが怖い。みんな怖いんだ。でも一番怖いのはマリー=アンヌだろ」  アンリの顔が、視界の中にじわりと滲む。 「最後まで、みんなでそばにいてやろう」
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