眠り姫

20/30
前へ
/257ページ
次へ
「ルネ、私はもう長くないわ…………わかるのよ。でも後悔はないの。精一杯、生きたいように生きたから」 「そんなこと言わないで、マリー=アンヌ。またすぐ、元気に――」  涙に声を詰まらせるルネを、マリー=アンヌは毅然(きぜん)と見上げた。 「……どうしてもあなたに話しておきたかったことがあるのよ。今日は気分がいいから、少し長い昔話もできるわ」 「……昔話って?」  ルネはごしごしと目元を拭った。 「私があの人と生きていくことを決めるまでの話」  そう言った瞳が、春の泉のように優しく揺れた。  マリー=アンヌは語りはじめた。 「――私の実家はいわゆる没落貴族というものでね、歴史の長い家柄だったのだけれど、フランス革命以来、財産の多くを失った。跡継ぎである兄に、わずかに残った財産を受け継がせるだけで精一杯。私が結婚するような年頃になっても、貴族の娘に相応しい持参金を持たせてやれないと、父はとても悩んでいたわ。そういう場合はたいてい、持参金がなくても構わないと言ってくれる相手に嫁ぐのよ。たとえば、親ほど年の離れた貴族のもとに後妻として入るか、貴族の血筋が欲しい裕福な商人の男性ね。
/257ページ

最初のコメントを投稿しよう!

110人が本棚に入れています
本棚に追加