眠り姫

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 そうして私はモンテスキュー伯爵の妻としてこの家に入ったの。彼は約束通り、私をとても大事にしてくれたわ。でも、妻としてではないの――よ。伯爵は最初の奥様のことを、亡くなった後も一途に心の底から愛してらっしゃったから。  結婚をするときに、彼は私にこう言ったのよ。申し訳ないが、君のことは娘として愛していくつもりだ。だから君も私に遠慮せず、心から愛せる人を見つけなさい、って」  驚くような話だった。  マリー=アンヌに子どもができなかったのは、そういう理由だったのだ。世の中にはそんな結婚の形もあるのだと、ルネは驚愕した。 「――少しほっとしたような、だけど少し寂しいような気分だった。モンテスキューの本宅はヴェルサイユにあったのだけれど、伯爵は私のためにパリの真ん中に別邸を用意してくれたわ。それがいまあなたたちの暮らしている、フォーブール・サン=ジェルマンの家よ。  あの頃、パリでは毎夜あちらこちらで舞踏会が開かれていてね、伯爵は私がパリの社交界に顔を出しやすくするためにパリの真ん中に私を置いたのよ。君はまだ若いのだからたくさんの人と出会いなさい、そして人生を楽しみなさい、と彼は私に言ったわ。  そしてあれは――よく憶えているわ。1850年にオペラ座で開かれた仮装舞踏会でのことよ。オペラ座の仮装舞踏会には、入場料さえ払えば誰でも入ることができたの。身分も歳も職業も関係なく、大勢の人が集まったわ。若い学生さんが可愛いガールフレンドを連れてきたりしてね。貴族ばかりの気取った舞踏会より、賑やかで刺激的でとても楽しかったの」  そこでマリー=アンヌは、少し言葉を切った。水色の瞳が、優しい夢を泳ぐようにゆらりと揺れた。 「――腕を掴まれたの」  マリー=アンヌは言った。
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