眠り姫

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 いま思えば、ずいぶんと大胆な真似をしたと思うわ。もし誰かに知られたら、何を言われるかわからなかった。でも私は若くて、周りが見えなくなるほど彼に夢中だったの。彼も私の気持ちを拒まなかった。たとえ私が彼の『古い知り合い』の代わりだったとしても、それで構わないと思ったわ。いまこの瞬間、彼の瞳に映るのが私だけなら」  ふと、若かりし頃のマリー=アンヌの肖像画を思い出した。あの花の精のような少女が、主人の隣に寄り添う姿。それはまるで、優美な幻想を描いた絵画のようだった。  だが突然、マリー=アンヌの表情が重く沈んだ。 「それから――少し経ったときのことよ。この街で不審死が相次いだことがあったの。どれも失血死で、奇妙なことに首筋にふたつの赤い痣が残っていた。だからもしかするとこれはヴァンピールの仕業なんじゃないかって、冗談のような噂が立ってね。でも被害者はパリの東の貧民街にたむろしていた浮浪者ばかりだったから、警察もなかなか本格的な捜査に乗り出さなかったの。  ところがある日、また新たな被害者が出たのよ。こんどは浮浪者じゃなかった。たまたま仕事のために貧民街を通りがかった、裕福な商人の男性だったの。それでようやく警察も重い腰を上げて、大掛かりな捜査に乗り出したのよ。パリ中の地下に走っている下水道や、空き家や地下室を手当たり次第に捜索してね。
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