眠り姫

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 ちょうど同じ頃、約束の日に彼が現れないことが続いたの。――嫌な予感がしたわ。私は彼がパリの東に住んでいることは知っていたけれど、その家に行ったことは一度もなかった。私には〈仲間〉と一緒に暮らしていると言っていたのよ。彼は画家だと名乗っていたから、きっと芸術家の仲間と一緒に住んでいるのだと思っていたの。  居ても立ってもいられず馬車を走らせ、彼が住む地区へ向かったわ。すると街の中が騒然としていてね。見れば街並みの向こうに、轟々と火の手が上がっていて――ある屋敷が炎上していたのよ。  慌てて野次馬のひとりに尋ねると、その人はこう言ったわ。あの家はヴァンピールの根城になっていたらしい。逃げられないよう、出口を塞いで火をつけたのだ、と」  初めて知る恐ろしい事実に、ルネは戦慄した。 「その瞬間、私は確信したの――やはり彼はヴァンピールだったのだと。思い当たる節はいくつもあった。彼は決して太陽の下に姿を現さなかったし、私の前で一度も食事をとらなかった。だけどそれを知ってもなお、彼への気持ちは変わらなかった。  あの屋敷から無事に逃げ出せたことを信じ、無我夢中で街中を探し回ったわ。狭く薄暗い路地裏や、崩れ落ちそうな古い空き家を。知らぬ間に危険な区域にまで足を踏み込んでしまって、慌てて引き返して――でも、どこにも彼の姿を見つけることはできなかった。  すっかり日が暮れて、自宅に帰る道すがら、ノートル=ダムの前を通りかかったの。それで神にも縋る気持ちで、聖堂の中に足を踏み入れたのよ。どうか彼が無事でいますようにと祈りを捧げるつもりだった。そして暗い聖堂の中を見渡したとき、その隅にうずくまる黒い人影を見つけたのよ。  ――彼だったわ。服も髪もあちこち焼け焦げ、満身創痍で、十か二十は老け込んでしまったように見えた。
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