眠り姫

26/30
前へ
/257ページ
次へ
 私は彼を自宅へ連れ帰り、急いで手当てをしたわ。でも、数日経っても一向に良くならないの。それでようやく気づいたのよ――血が足りないのだって。  彼に私の血を飲むよう勧めたわ。だけど彼は嫌だと言って、(かたく)なに私の申し出を拒んだ。私は引かなかったわ。このままでは彼が死んでしまうのではないかと恐怖に駆られて、なりふり構わず泣きながら懇願したの。あなたを助けたいからどうかお願い。あなたを愛しているから、あなたを失ったらもう生きていけないと必死に胸に(すが)って――  ようやく彼は私の首筋に歯を立てて、ほんの少し血を飲んだわ。その瞬間、彼の顔色がすっと元のように戻った」  マリー=アンヌはふと窓の外に目をやった。群青の風に落ち葉が舞い上がり、かさかさと窓ガラスをかすめていく。 「――彼は泣いていたわ。あなたにこんな真似をしたくはなかった、どうか許してほしいと、身を縮めて泣くのよ。そんな彼の姿を見るのは初めてだった。そして彼はこう言ったわ。これ以上こんなことを繰り返したくない、自分という存在はこの世界にとって害にしかならない、あのとき仲間たちと一緒に死ぬべきだった、飛べない仲間を置いてひとりだけ逃げ出した私は裏切り者だ、って。まるで懺悔(ざんげ)するようにそう繰り返すの。  そのとき心に誓ったのよ。この世界で私だけは彼の味方となり、一生この人を守っていこうと」 「――、ってどういうこと?」  おかしいと思ったのだ。ヴァンピールなら空間を瞬間移動することができる。もし出口を塞がれようと、逃げ出せないわけがない。
/257ページ

最初のコメントを投稿しよう!

110人が本棚に入れています
本棚に追加