眠り姫

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「嫌だ――オーギュは、マリー=アンヌがいなきゃ駄目だ。お願いだから、ずっとそばにいてやってよ。いまからヴァンピールになったって遅くないだろ?」  だがマリー=アンヌは返事をせず、(なだ)めるようにルネの髪を()いた。 「……ねえ、そうしようよ、マリー=アンヌ。俺も一緒にヴァンピールになるからさ。これからもずっと、三人で生きていこうよ。たとえ困ったことが起こったとしても、三人だったらどうにかなるだろ?」  ルネのなりふり構わぬ懇願に、マリー=アンヌの唇からかすかなため息が落ちる。 「……オーギュストは決してそんなことを望まないわ」 「でも俺は、マリー=アンヌと別れるのが嫌だ。マリー=アンヌは、俺の――――家族だよ。孤児の俺には一生縁がないと思ってた。ようやく手に入れたのに、どうしてこんな――」  子どものように駄々をこね、みっともなく泣きじゃくった。こんな我儘を聞いてくれるはずがないと頭ではわかっているのに。  マリー=アンヌはルネの涙が止まるまで、細い指でルネの頭を撫で続けた。母親が幼い子どもにするように。 「私の可愛い子……何度も言うようだけれど、もし私に息子がいたら、きっとあなたみたいな子だったと思うのよ」  幾度となく繰り返され、耳に馴染んだその言葉――  聞くたびに照れ臭くごまかしてばかりいたけれど、その優しい言葉は胸の奥に根を張った寂しさを、どれほど温めてくれただろう。 「――マリー=アンヌ。あなたは俺の母親だよ。血の繋がりがなくても、あなたほど母親らしい愛情を注いでくれた人はいない」
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