眠り姫

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 愛しているよ――  自分と同じ色の瞳にそう呟く。その水面が明るい海のように揺れた。  私もよ、プティ・プランス(王子様)。  マリー=アンヌの愛しい声が、今日も自分をそう呼んだ。  愛しているわ。私の優しい、可愛い子。どこにいても永遠に、あなたの幸せを見守っているからね――  春風のように、ルネを抱きしめるように、耳の奥に根を下ろす。  その二日後、マリー=アンヌは親族に見守られ、静かに息を引き取った。その葬儀にはマリー=アンヌを愛した数多くの人々が参列し、遺体はパリ市の東、ペール・ラシェーズ墓地に埋葬された。ルネは葬儀に参列したが、主人は参列できなかった。  日が暮れてから、ルネはふたたび主人とともにペール・ラシェーズ墓地を訪れた。  墓地は冷たい夜霧にけぶっていた。  真新しい墓。捧げられた花々。すべてが(すす)り泣くように濡れている。  主人はそこに大きな薔薇の花束を捧げ、人目もはばからず泣き崩れた。ルネは纏わりつくような夜霧に濡れ、永遠の別れの前にいつまでも佇んでいた。
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