新月と太陽

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新月と太陽

 マリー=アンヌの死を境に、何かが大きく変わってしまった。主人は眠っている時間が多くなり、一切絵筆をとらなくなった。  葬儀から一週間を過ぎる頃、ルネは主人の顔色の変化に気づいた。  滑らかな石膏(せっこう)のようだった皮膚が張りを失い、鈍色(にびいろ)に沈んでいる。黒い髪も艶を失い、十は老け込んでしまったように見えた。 「オーギュ。最近、愛人たちの家に行っていないんじゃない?」  薄暗い部屋の中、ぼんやりと立ち(すく)む主人にルネは尋ねた。  主人の蒼い瞳は(うつ)ろで、ルネの問いかけもまるで聞こえていないようだった。 「……血を飲んでいないんだね?」  主人をソファに座らせ、向かい合った。  視線は合っているはずなのに、自分を見ていない。ルネの瞳を透かし、遥か遠くを見つめるように。 「悲しいのはわかるけれど、このままじゃいられないだろ。元の生活に戻らないと」  腕を揺さぶると、すっと一筋、涙の粒が流れ落ちた。堰を切ったように溢れ出した涙が、蒼白い頬を濡らしていく。
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