新月と太陽

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 その冷たい心臓に、追い(すが)るように強く願う。 (お願い、オーギュ。離れていかないで。永遠にそばにいろって言って。どうか俺の手を振り払わないで――)  聞き分けのない子どものように、何度も何度も。  でも本当はわかっている。主人はきっとそう言わない。  誰にも止めることのできない強い力が、ふたりを別の方向へ押し流していく。 「――ルネ。お前にはこの世界を生きていく力がある。生きるというのは、何よりも素晴らしいことなんだ。どうか、お願いだ。私の代わりに、光の中にいてくれないか」  出会った頃のように、ルネの身体はその腕に収まらない。それでも主人は大きくなった背中をさすり、揺り籠のように優しく揺らした。  古い床板が波音のように、ギイ、ギイ、と音を立てる。  翌日、主人はルネの前から姿を消した。きれいに片付けられた部屋の中には、向こう十年は暮らしていけそうな札束の山が残されていた。
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