新月と太陽

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***  Le 17 Avril 1900  オーギュが俺にペンとノートをくれたので、今日から日記をつけることにする。  俺が13年暮らした孤児院からこの家にやってきたのは、ちょうど一週間前のことだ。ここはモンテスキュー伯爵の所有する屋敷で、オーギュはずっと前からこの家を借りているのだという。  たしかにパリの一等地に建つ大豪邸だが、はっきり言ってただの幽霊屋敷だ。オーギュは使用人も雇わずひとりでここに暮らしていて、広い中庭は雑草がぼーぼーだし、壁紙も床も痛んでぼろぼろ、あっちこっち蜘蛛の巣だらけだ。  でもそんなことが気にならないほど毎日楽しい。あのクソみたいな孤児院に比べたら、この幽霊屋敷は天国みたいだ!  俺の主人、オーギュの本名はオーギュスト・デュラン。さいしょ聞いたときは冗談だろって思ったけど、オーギュは〈ヴァンピール〉だという。  ヴァンピールってもっと怖くて化け物みたいなやつを想像していたけど、全然違った。オーギュは俺を助けてくれたし、ヴァンピールなのに俺の血を吸ったりしない。オーギュが血を吸いに行くのは、パリのあちこちにいる愛人たちのところだ!(貴族の血は美味い。毎日いい物を食べているせいだろう、だって。笑っちゃうよ。きっと俺の血はまずいから吸わないんだろうな)  オーギュはいつも真っ黒の夜会服を着ていて、昔の人みたいな喋り方をする。どうやら百年以上も生きているらしいから、きっとそのせいなんだろう。顔は青白い彫刻みたいでめったに笑ったりしないけど、怖いと思ったことは一度もない。はっきり言って、人間の方が遥かに怖い。
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