新月と太陽

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 昨日の夜、オーギュは開幕したばかりのパリ万博に俺を連れて行ってくれた。  街は星の数ほどの電灯に照らされて、夜なのに昼間みたいに明るかった。見慣れない服を着た外国人が大勢いて、誰もが楽しそうだった。  初めて見たエッフェル塔は(エッフェル塔は俺が暮らしていたパリの隅っこの孤児院からは全然見えなかった)ライトアップされていて、暗い夜空にぽっかり浮いているみたいだった。  同じ街のはずなのに、いままで俺が住んでいた場所とは全然違った。俺はヴァンピールと一緒に時間と空間を飛び越えて、未来の星に連れて来られたのかもしれないってぼんやり思った。足元がふわふわして、胸が苦しくて、何だか急に心細くなって、オーギュの黒い外套を引っ張った。  そしたらオーギュは俺の肩を抱いて、「ルネ、これが新しい夜だよ」って俺に言った。これから夜はどんどん明るくなる。ヴァンピールには厳しい時代がやってくるぞって。そう言いながらオーギュは、嬉しいのか悲しいのかよくわからない、おかしな顔で笑っていた。  ねえオーギュ。もし心細いのなら俺がずっとそばにいてやろうか。そう言ったら、オーギュは不審そうに黒い眉を歪めた。俺をヴァンピールにしてくれたらずっと一緒にいられるよって俺が言うと、それはだめだと即答された。ちゃんと学校に行かせてやるから、まともな職業について働け、そして美人と結婚して家庭を持て、だって。そんなふうに言われて正直すごく腹が立った。俺の人生を勝手に決められるなんて、まっぴらごめんだ!  俺は昨日ヴァンピールになると決めたし、この先もずっとこの家から出ていくつもりはない。オーギュにどれだけ反対されようと、この決意は変えないつもりだ。家事だって手伝いだってなんだってするし、この先めいっぱいオーギュを甘やかして、お前がいてくれないと困るからずっとここにいてくれ、ってオーギュの方から泣きついてくるようにしてやろうと思っている。一日目の日記は、俺の決意表明だ。
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