新月と太陽

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 底冷えする明るい部屋の中、ルネはその日記帳をそっと閉じた。  数日前から突然気温が下がった。――寒い。頭が痛いし、全身がだるい。眠いのに少しも眠れない。あれからろくに物を食べていない。ずっと胃が空っぽだ。だけど何をする気も起きない。  ベッドに横たわり、瞼を閉じ、耳を澄ます。真昼の邸宅街は取り澄ましたように平穏で、目の前にあるはずの不幸せにも素知らぬ顔をしている。  遠くに馬車が通り過ぎる。小鳥が枝に止まり、また飛び立っていく。どこかで野良猫が鳴いた。隣の家の使用人が庭を掃く音。遠くから近づく、自動車のエンジン音――止まった。  階下で大きな物音がした。ばたばたと階段を駆け上る足音。  多分、あいつだろうと思う。あいつ以外、他人の家に勝手に上がりこむ奴なんて他にいない。 「ルネ!」  部屋のドアが開くと同時に、真っ青な顔をしたアンリが飛び込んでくる。ルネはベッドの上でうつ伏せのまま、顔だけをドアの方に向けた。 「お前、どこか具合でも悪いのか! お前が学校に来てないって、ルイ=ル=グランからうちにまで連絡が来たぞ! お前いったい、何やってんだよ」  アンリはベッドの脇に膝をつき、ルネの額に掌を当てた。 「すっげえ熱じゃねーか! こんな寒い部屋でこんな薄着で、死んだらどうする気だよ!」 「……もう、死んだって構わないよ」 「この馬鹿! お前、もう少し暖かい服はないのかよ! 悪いけど勝手に探すからな!」  そう(まく)し立てながら、すでにアンリはルネの衣装箪笥を引っ掻き回している。  ろくなものがない、服くらいまともに買えよ、とぶつぶつ文句を言い、手当たり次第ルネの身体の上に服を被せた。そして熱を持ったルネの身体を無理やり薄い布団に押し込めた。
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