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「……オーギュが、家を出ていった」
「えっ、何で。喧嘩でもしたのか?」
驚いた顔をするアンリに、ルネは首を横に振った。
「オーギュは多分、俺のために家を出ていった」
「お前のためって、どういう意味だ」
アンリは不審げに眉を寄せる。
(わからなくて当然だ。ヴァンピールになりたかった奴と、ヴァンピールにさせたくなかった奴。こんな嘘のような話、どう考えてもふつうじゃない)
だけど――誰かに話を聞いてもらいたかった。そして、こんな話をまともに取り合ってくれる奴なんて、アンリ以外他にいない。
「……いまから信じられないような話をするけれど、俺が何を言っても信じてくれる?」
そう尋ねたルネの手を、アンリは力強く握った。心配するなと言い聞かせるように、真剣な目でルネを見返す。
「信じるよ。どんなことでも信じる」
ルネは一度大きく深呼吸をした。
自分を真っ直ぐに見つめる瞳。それを信じて、その言葉を放った。
「オーギュは、ヴァンピールなんだ」
へっ?と、アンリの口から気の抜けた声が漏れた。だが、ルネの大真面目な顔を見て、慌てて表情を戻す。
きっと予想を遥かに超える告白だっただろう。それなのに、冗談にして笑い飛ばすこともなく、いつものようにふざけることもなく、辛抱強くルネのつぎの言葉を待っている。
「――だから太陽の下には出てこない。一切食事も取らない。歳も取らない。思い当たる節あるだろう?」
アンリは無言のままルネを見つめ、しきりに瞬きを繰り返した。――半信半疑、といったところだろうか。そうだ、こんな話、ふつうなら冗談にしかならない。
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