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「アンリ――これで、この家と土地を俺に売ってくれないか」
唐突なルネの頼みに、アンリは虚をつかれた顔をした。呆然とするアンリを置き去りに、ルネは一方的に話を続ける。
「いや……これはもともとあんたの物なんだから、これで売ってくれっていうのもおかしいよな! ――じゃあこれはあんたに返すから!」
巨大な宝石飾りを無理やりアンリの胸に押しつける。
「この残りの宝石と――あと、金なら少しあるんだ! それでも足りない分はこれから必死に働いて、一生かけても必ず返すから! だから、どうか俺にこの家を――」
「ちょっと待て、ルネ! 何の話だよ。落ち着けって!」
まるで正気を失ったようなルネを見て、アンリはその肩を強く揺さぶった。
「もっと頼りにしていいって言ったよな? もう、この家しかないんだよ! 俺とオーギュを繋ぐものはもうここしかないんだ! どうしてもこの家が必要なんだよ!」
わかった、わかった、とアンリは降参するように両手を掲げた。
縋るように自分を見つめるルネの前で、腕を組み、眉根を寄せる。すると何か思いついたのか、あっ、と明るい声を上げた。
「じゃあこうしよう! この土地と屋敷は俺が相続するように親父に話をつけるよ。上の兄貴にはヴェルサイユの本宅があるし、下の兄貴は嫁さんとブローニュのマリー=アンヌ邸に移り住むっていう話が出てるんだ。だから俺がここをもらっても特に問題はないだろ。俺以外、この幽霊屋敷に思い入れがある家族もいないしね」
そう言って、にやりと白い歯を覗かせる。
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